第三話  ホラ貝

─ 午前 七時五二分 ─


いや~、タクシー代が百五十万ってやべぇ〜な。

…一キロ百万か。「ひゃ〜っ」、思わず舌が出る。

イプのカードの上限、ってどうなってんだよ。

「ん゛ぅーん…」お、お目覚めか?

さっき、俺の腹蹴ったのは寝相?まぁ、いっか。

「おー、お目覚めですか?お姫様」かぁ~。

今ので惚れちまっただろ。ハハン?

「…さっき、何つった?」え…、

何のことだろう。えっ?俺、何した?

めっちゃ不安。え、お姫様が嫌だったのか?

「え?なんにも言ってないよ。夢じゃねぇの?」

バタバタしたので、とりあえず下ろす。

「ラミクよぉ…私の体重がどうとか、言ったよな。

しかも…大声で!」あ~!それか、あ~。

仕事病でつい言っちゃうんだよね。テヘッ✩

生体調整部で働いてると、パッと見ただけで。身長が分かるようになったし。さっきみたいに、抱えたものの重さも、分かるようになって…。

俺の独り言がデカい理由ってなんだろう。一人暮らしで寂しいから、毎晩クマのぬいぐるみと話してるのもあるか?まぁ、うーん。

「ご、ゴメンね…。仲直りのギュしよ、ギュ」

両手を開いて、イプを包む準備をする。

イプは、顔を真っ赤にして…。暑いのか?

お、入ってきた。いっぱい、力を込めてやろう。

ギュ〜ッ!

「いてぇよ!!」さっきより顔真っ赤だ。俺の想いと重なって、熱くなったんだな〜…やり過ぎたか?「ごめんね~、アハハハ!」


イプの拳が、俺の顔に向ってやってきた。

なぜだろう、俺の頭にアメージンググレースが流れてくる。

拳を見つめる。


「この…やろぉ……うぅ!」


ゆっくりと、俺の鼻根を確実に押さえてる。

スローモーションになってる、やべぇ…。


俺も、スローモーションになっていく。


もうダメだ──


「ゔあぁぁぁぁ…ぐぁっ…ふぅ」

イプの拳が当たった皮膚が、平らになったかと思うと。そのまま、振動が来て。後ろに俺を吹き飛ばす。


バッタン──


「カァッ!」

い、息が。「ゲホッゲホッ」

はぁ~、死ぬかと思った。


 ミーン、ミンミンミン、ミーン──


クソ蝉の声が、頭の中によく響く。

ボワーン、とする視界が。暑さに遅れて来た。

俺は、イプに向かって。背筋を伸ばし、両手をピシッと太ももにつけて。頭を、90度にさげる。

「この度は、でかい声で体重をバラしてしまい。

申し訳ございませんでした!」

フンッとそっぽを向き、「わかればよろしい」

そう言うと、


── コトッ コトッ コトッ ──


強く踵に力を入れながら足音を鳴らし、

俺の先を歩いていく。

ふ~ん、まだキレてるだろ。



「お……ぃ」ミンミーンミンミン

蝉の声に隠れて聞こえた声の主は、俺のクソ上司だった。ムカつくから、名前も覚えてねぇ。

もう、何もかもが嫌い。生理的に無理。色黒な体に、テカテカしてる額。腕毛、スネ毛、胸毛、口ひげ。茶色いくるくるパーマ。身長が一六五センチ。全部嫌い。身長は、関係ないか。

「君達遅いよ。皆待ってるんだから、早く来なさい。」

イプは、ケロッとして「はい!すみません。じゃあ向かいます」そう言って俺を見る。「あ、すみません」そう俺が言うと。ニヤッと笑いやがった。

かぁ~。


─ 午前 八時〇〇分 ─

世界ポータル施設内講義室にて、


ホワイトボードの前で、マイクを使って話すクソ上司の白いワイシャツが、所々灰色になってる。

俺含めて四人しかいねぇんだから、

マイクもクソもねぇだろ。

イプの野郎、奥にいるタイムと話してる…。

寂しいじゃねぇか。タイムは時空管理部だっけな?

かぁ~。まてよ、俺の同期は四人…あ゛っ!

気づいた時には遅かった。俺の耳元から聞こえた声

「おはよう、ラミちゃん♡」

高くも、低くもない声の主は。俺の右肩に、

ワインレッドのネクタイをヒラリと乗せて。

紺色のスーツを、俺の首を囲うように腕を絡み

つけてくる。

声が、出ない─



ぜんっ全然、気が付かなかった。   

革靴で講義室の床を握りしめるように、


── カッギュッ カッギュッ カッギュッ ──


っと足音を響かせながら。

入口側の講義椅子に座ってる俺の左隣に、

座ってきたのは─


俺と同じショートヘアで、苺色の髪に桜色の目。

まさに、春一番って顔をしやがって、

血色の良い、たくましい掌を俺の肩と胸に乗せて、顔にキスするんじゃないかってくらい、距離を詰めてきやがる。

それで、上目遣いで、ゆっくり言う──


「ラ〜ミちゃん♡この後さ、俺の奢りで一緒にご飯行こうよ〜。やましい事なんてしないから、ね?お・ね・が・い♡」赤くなった顔を、ニヤニヤさせてる。信じられるわけねぇだろ。小声で、厚い胸板を擦り付けながら言ってくるもんだから。

気分悪い。

俺、コイツに食われそうになったし。思わず、

「崩壊守芸部の総隊長さんは忙しいんじゃないんですか?え?タチ隊長?ハハハ」って言ったら、口をひん曲げて。「チッ」って舌打ちしやがって。

「なんだよ、つれないなー」って、かぁ~。

離れてくれてよかったよ。

腹立つ。クソ上司は何も言わねぇし、何でだよ!


「え~、それでは皆さんに。

今から渡す、ホラ貝を使って。

皆さんの事を、必要としている子供の声を

聞いてください。その声は、各々のホラ貝の持ち主にしか聞こえません。ですので、よ〜く。

耳を澄ませてください。

貴方しか、助けられる人は居ないんですからね」

そう言って、俺に渡されたのは。

小さな小さな、水色のホラ貝だった。


ホラ貝に耳を当てると、海の音が聞こえる。


っていうのは聞いたことあるけど…。

子どもの声ってなんだよ。


そう思いながら、言われた通りに耳を当てる。

ホラ貝から籠もった熱気を感じる。

そしてその奥に、蝉の声と一緒に聞こえた、


   弱々しい心音


  ──ドクンッ ドクンッ ドクンッ──


       『あ、俺の子だ…』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る