ヘイリー、来てくれて、ありがとう。

 ヘイリー、来てくれて、ありがとう。ママの言葉、ちゃんと聞こえてたよ。私、ちゃんと挨拶するよ。最初は戸惑ったけど、ここの人たち、みんな優しい。近所のベティおばあさんとお話できるからさびしくないよ。もう笑ったり、手を握ったりはできないけど、心はちゃんとここにあるよ。あなたが来てくれるたび、私は少しだけ呼吸というものを思い出すの。もうしてないはずなのに、不思議だよね。


 そして、ここに来た日のことを思い出した。私の周囲が静かに閉じていったとき、固く閉ざされた「ドア」の向こうから、妹ちゃんのかすれた声が届いた。「また来るからね」って。ほんとうにありがとう。うれしかったよ。


 ママ、ヘイリー、そしてパパ。私をちゃんと「送り出して」くれて、ありがとう。

あのときのパーカーも、メイクも、ほめてくれてうれしかった。ママが「ナタリー、処置おつかれさま。リビングでうたた寝してるみたいだね」って言ってくれた時、本当にうれしかった。ママと妹ちゃんのために、最後まで「ちゃんとした顔」でいたかったんだ。あそこのスタッフにメイクしてもらったときはちょっとむずかゆかったけど、まだ小さい頃に鏡の前でメイクして、「変じゃないかな?」って聞いてた頃のことを思い出した。


 私はここで、これからずっと過ごすことになった。ベティおばあさんが「静かだけど悪くないわよ」と言ってくれた個室。たしかに狭い。でも落ち着いた空気があって、まるでゆりかごのような感じのする場所だった。体はゴムのように固くなったけど、気持ちは不思議と穏やかなんだ。私はそれからずっとこの静かな部屋にいるけど、あなたたちが来てくれるたび、少しずつ、物語が続いていくような気がするんだよ。まるで、ページをめくってくれるみたいに。

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