チェルシーおばあちゃんとのお別れ
ある日の朝、私が起きた時家の中は大騒ぎだった。おばあちゃんは起きてこなかったのだった。心配になった私と家族たちはは彼女の部屋に急いで向かった。彼女はもう冷たくなっていた。
おばあちゃんは昨日まで仕事をきっちりとこなしていたので、私は信じられない思いでいっぱいだった。もちろん介護やこれといった持病もなかった。少し前に百歳の誕生日会をしたばかりだったのに。そしてサイレンとともに救急隊員がやってきた。
私は、可愛がってもらったおばあちゃんともう会えないという、さびしい気持ちととうとうこの日が来たか、という気持ちで半々だった。
きれいに整理されたおばあちゃんの机の上には、クライアントから渡されて昨日まで取り組んでいたUIデザインの原案メモと、いつもの紅茶のカップがそのまま置かれていた。それを見たとき、私は少し泣いてしまった。ほんとうに、昨日まで元気だったんだ、って。
おばあちゃんは、ずっと「楽しいと思えることをしていれば、年をとるのも怖くないよ」って言っていたけど、ほんとうにそうだったんだろう。その後にホールで再会したときの穏やかな寝顔は、まるで今も夢を見ているみたいだった。棺の中に置かれた家族写真の幼い私と一緒に写るおばあちゃんの顔は、あたたかくて、優しかった。
たくさんの人に愛されて、最後まで自分らしく生きて、眠るように旅立ったおばあちゃん。私はその人生が、すごく、すごく素敵だと思った。
そしてその数日後、おばあちゃんは、もう少し若かった頃に確保したという霊廟の個室に入った。彼女の棺は、車から降ろされたあと、静かに銀色の台車に乗せられて、移動した。私たち家族は家族でそのあとを歩いた。そこはまるで、時間がゆっくり流れているようだった。
おばあちゃんは、昔から表向きには「燃やされるのはどうも苦手」と言っていて、母も「ここがいいってずっと言ってた」と教えてくれた。作業員たちは静かに、でも手慣れた様子で、おばあちゃんを油圧ジャッキの音とともに長方形のスペースへと納めていった。
私は、声に出さずに涙を流しながら心の中でつぶやいた。
「ありがとう、おばあちゃん。いっぱい教えてくれて、いっぱい笑わせてくれて。ずっと、大好きだったよ。プログラミングのことも、もっと教わりたかったな」
そしてそこに、パネルが取り付けられた。私の胸の奥に、ふっと空洞ができた気がした。
私は、もう何年も前だけど、「あそこに大事な友達がいるんだよ」と笑いながら私に言ったときのことを思い出した。最後に「おばあちゃん、また会いに来るね」と言ったあと、おばあちゃんが好きだったラベンダーの花を、彼女のところと、ナタリーさんという「お友達」のところに一輪づつ挿した。
数か月後、私は大学の課題で「現代死生学と情報技術」という科目の授業を受けた。先生に買わされた教科書のページをめくっていると、あるコラムのところで指が止まった。
病で早くして世を去ったというナタリーさん。ある人が彼女の話をもとに書いたというエッセイの一部だった。
「ナタリー? えっ!?」
私はその名前を見たとき、なぜだか心が引っかかった。
その数日後、私は午後の授業が休講になった日に校舎近くのバス停に行ってブレントウッド駅から来たバス三八系統に乗って霊廟に行った。バスを降りてからそこに向かって歩く途中に管理事務所の人に会ったので聞いてみると、ほんの少しだけ教えてくれた。
「お隣の方は、長いことここにおられる方です。あなたのお祖母様にとっては大切な方だったみたいですよ」
私は今となってはもう想像することしかできない二人の関係に思いを馳せた。私は静かにおばあちゃんの部屋の前に立ち、花を受け皿に挿して、目を閉じて、少しだけ話しかけた。
「来たよ、おばあちゃん。そっちの様子はどう? 私の方は元気だよ」
そして、すぐ隣にある部屋の名前を改めて確かめた。
ナタリー・ブラッドバリー (Natalie Bradbury)
19xx–20xx
愛する娘、そして姉 (Beloved Daughter and Sister)
表札にはそう書いてあっただけだったけれど、私にはなぜかすごく親しみを感じた。何となく彼女について、もっと知りたくなるような、そんな不思議な気持ちを感じた。
「こんにちは、ナタリーさん。チェルシーの孫のブレリン・ウィルキンソン=マキノン(Braelynn Wilkinson-Mackinnon)と申します。私の大事なおばあちゃんをよろしくお願いします」
私は、ふたりの前にそっとお辞儀をした。きっとふたりは、ここでずっと、おしゃべりしているのかなって言う想像をしてみた。それは、ちょっとだけさびしいけど、その反面なんだかほっとさせるような気持ちだった。
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