Ⅲ-13.家族選挙①
ジンとソーイが来て、あっという間に一週間が経った。料理も掃除も洗濯もゴミ出しも、家事は当番制で回した。
ジンは一日二日で家の造りを把握して、誰の手助けもなく、ひとりで家事ができるようになった。
ソーイはナナナと同じくらい几帳面で、家族の中で一番家事が上手かった。でも、働いている時間が誰よりも長かったので、多くを任せない暗黙の了解が、私たち四人の中にできていた。
ジンもソーイも私たちと争うことはなく、オパエツが悪態をつき、私がフォローする、そんな日々が続いた。
そして家族選挙の日が来た。
「では、家族選挙をはじめる。司会進行は俺、オパエツが務める」
オパエツは威圧的に胸を張って、テーブルに着いた四人を見下した。
「受入の契約に基づき、ジン、ソーイ、テネスの三人には我が家のハウスルールに従ってもらう。いいな?」
「事前におおよそ確認しましたが、問題はありません。とても真面目に最多得票者を選んでいて、信頼ができます」
ジンは微笑みを交えて言った。
オパエツが鼻を鳴らす。
「黙って聞いていろ。家族選挙の基本ルールは、①家族のメンバーが充足人数である五人以上であること ②メンバーはひとり一票の投票権と被選挙権をもつこと ③ メンバーは互いに『最も人間的である』と思うメンバーに投票すること ④最多得票者が採掘挑戦権を得る 以上の四点。次に示すのがハウスルール。『話し合い』だ。本投票の前に一度、仮投票をする。そのあとその結果について話し合いをして、その後に本投票に移る。認識と相違はないな?」
「ええ」
「はい」
「大丈夫です」
ジン、ソーイ、テネスがそれぞれ肯いた。
「では、仮投票に移る。カードに自分以外の名前を書いて伏せろ」
私は少し迷ってから、カードに投票先を書いた。オパエツからの指示は「ジンかソーイに入れる」こと。最後の最後まで好感度稼ぎをするためだ。
「書けたな。では一斉に自分のカードを見せろ」
オパエツの指示に従い、全員がカードをオープンする。
イヨ→ソーイ
オパエツ→イヨ
テネス→イヨ
ジン→イヨ
ソーイ→イヨ
「席順に則り、投票理由を話し合おう。一〇分だ」
オパエツはキッチンタイマーのスイッチを押した。
オパエツの左隣に座るジンが一番最初に手を挙げ、「イヨ」と書かれたカードを前に出した。目が見えていないせいか、筆致はやや乱れていた。
「ここに来た日に約束しましたから、私はイヨさんに投票しました。別段、そんなことを強要されなくても、一週間過ごしてイヨさんの人格が優れていることには疑いがありませんでしたが」
以上です、と加えてジンは頭を下げた。
続いてジンの隣に座るソーイが話し始めた。
「私もお約束の通り、イヨさんに投票しました。本心ではジンさんですが、お約束はお守りします」
テネスも続く。
「私は、普通にイヨ、かな。マレニのこととか、ヨッカのこと、間近で見ていて、いい人だと思うし」
三人から連続して自分に投票した理由を伝えられ、私は作戦と分かっていてもどんな顔をしていいか分からなかった。
「では、次はイヨの番だ」
オパエツに促され、私は考えていた理由を喋った。
「私はソーイがいいと思ったよ。毎日仕事頑張ってるし、家事も丁寧だし。うちは通勤するヒトって少なかったから、本当に凄いと思う。以上です」
「ありがとうございます」
ソーイがぺこりと頭を下げる。
それを無視して、オパエツは大きな声と拍子で注目を集めた。
「俺はイヨがいいと思った。他の三人は論外だからだ。以上!」
オパエツは宣言と共にキッチンタイマーを止め、宙に手をかざした。
「話し合いの余地はない! 本投票だ!」
ズキリと胸が痛む。
一瞬、それを顔に出してしまったのか、オパエツの顔に焦りが見えた。私は申し訳ない気持ちを抱え、オパエツに感謝した。
「私はWRが使えないので、このデバイスから投票して良いですか? 前の家族でも認められていました」
「構わん。全員、一斉に投票しろ!」
視界にWRウインドウが現れる。
全員が宙に手をかざし、投票は一瞬のうちに終わった。
オパエツ 一票 オパエツ 二票 テネス 二票 オパエツ 一票 テネス 二票
テネス 二票 ジン 一票 ソーイ 一票 ソーイ 二票 オパエツ 一票
イヨ 二票 イヨ 二票 イヨ 二票 イヨ 二票 イヨ 二票
オパエツ 一票 オパエツ 二票 テネス 二票 オパエツ 一票 テネス 二票
テネス 二票 ジン 一票 ソーイ 一票 ソーイ 二票 オパエツ 一票
イヨ 二票 イヨ 二票 イヨ 二票 イヨ 二票 イヨ 二票
オパエツ 一票 オパエツ 二票 テネス 二票 オパエツ 一票 テネス 二票
テネス 二票 ジン 一票 ソーイ 一票 ソーイ 二票 オパエツ 一票
イヨ 二票 イヨ 二票 イヨ 二票 イヨ 二票 イヨ 二票
オパエツ 一票 オパエツ 二票 テネス 二票 オパエツ 一票 テネス 二票
テネス 二票 ジン 一票 ソーイ 一票 ソーイ 二票 オパエツ 一票
イヨ 二票 イヨ 二票 イヨ 二票 イヨ 二票 イヨ 二票
オパエツ 一票 オパエツ 二票 テネス 二票 オパエツ 一票 テネス 二票
テネス 二票 ジン 一票 ソーイ 一票 ソーイ 二票 オパエツ 一票
「いや! なんで!」
テネスの叫び声で、私は正気を取り戻した。
何度再投票をしたか分からない。連続した再投票の末、気絶や催眠に近い状態になっていたことに気付いて、私は唇を噛みしめた。
オパエツも憔悴している。
テネスは、震えて頭を抱えていた。
私は目覚めきっていない頭のせいで、視界のWRに映る投票結果の異変に気付くのに時間が掛かった。そしてそれに気付いて、テネス同様、叫び声を上げた。
イヨ 一票
ソーイ 二票
ジン 二票
「もうあなたでいいのに、どうして!」
テネスが叫ぶ。
恐らくテネスはこの回、私ではなくジンに投票したのだ。私を落としてでも、この投票を終わらせるために。
だが、ジンはそれすら読んで、同率最多得票者の均衡を保った。私だけでなく、テネスの心まで読みきって。
「オマエ、イヨを殺したいのか」
オパエツが血走った目でジンを睨みつけた。
ジンはこめかみに人差し指を当てて、僅かに首を傾けた。
「殺す? まさか。我々模人に殺意なんてないですよ。私はただ、イヨさんを排除できるならその方が今後、都合がいいと思っただけです」
「マルトンの差し金だな……」
オパエツが苛立たしげに呟く。
クツクツと笑うジンと、それを睨みつけるオパエツ。ソーイは姿勢正しく座り、テネスは頭を抱えて震えていた。
ズキズキとした魂石の痛みは次第に大きくなってきて、痛みの響きから、私は魂石にヒビが入っていることが分かった。
もう長くない。
徐々に頭の熱は引いていく。
でも、正体の分からない大事なものが頭の内でずっと引っかかる。
死ぬ前に、その大事なものを知りたい。
知りたいと思えば思うほど、胸の痛みは強くなっていく。
「さぁ、再投票しましょう。イヨさんはもう長くない」
手を投票デバイスに置き、ジンは言った。
そんなジンを見て、オパエツは、笑った。
「ふふ、間に合ったようだ。オマエはさっき、テネスが血迷ったときに自分を当選させておけばよかったんだ」
オパエツはテーブルを叩いて立ち上がった。
それを合図に、リビングの扉が開いた。
現れたそのヒトを見て、私は大事なものに気付いた。
※ ※ ※
「……ナナナ」
私が呟くと、ジンは遅れて扉の方へ顔を向けた。
ソーイもテネスも、驚いて目を丸くしている。私も例外ではない。痛む胸を押さえて、何度も瞬きをした。
「遅くなってごめん、僕も投票に参加する」
そこに立っていたのは、正真正銘のナナナだった。
「待ってください」
声を荒げたのはソーイだった。
「この人はどなたですか? 家族には関係がないはずです」
「こいつはナナナだ。オマエたちがここに来る前に魂石の割れた、俺たちの家族だよ」
オパエツは勝ち誇ったように笑った。
ソーイの顔は青ざめ、ジンを縋るような目で見た。
テネスはなおも信じられないといった顔でナナナを見つめる。
ジンだけが、口を真一文字に結んでいた。
私は、みんなの顔を見て、頭の中に残っていた大事なものの正体が分かった。
「イヨ、詳しい説明は後でするから、決着を付けよう」
ナナナは少し気まずそうに、でも精一杯笑ってくれた。
一際強い胸の痛みが走る。
「さぁ、再投票だ!」
オパエツが力強く宣言する。
オパエツ、テネス、ナナナの三票でこの投票は終わる。
宙にかざそうとしたオパエツのその手を、私はすべての力を振り絞って叩いた。
「ちょっと待って」
防衛反応で私とオパエツの手は強く反発した。
全員の視線が私に向く。
そうだ。全員の目を見れば分かる。
私の大事なものは、家族だった。
私は全員に心の中で謝りながら、宣言した。
「私、この投票を棄権する」
胸の痛みが弾け、私は意識を失った。
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