第一章 できることならできることまで 前編
千葉県九十九里から繋がる豊原県は近年になり県庁所在地である星ノ宮市を中心にAIを積極的に活用した街づくりをしており、交通インフラなどはAIによる自動運転や自動改札機を通る際は手首の静脈を独自のセンサーで通せば扉が開く。
ただ、それ以外の自治体は未だに追い付かず、良くも悪くも古き田舎の残るアンバランスな県である。
その星ノ宮市の環状高速道路インターから通称『武士道』と呼ばれる一般道に出る近くに『トータス温泉ランド』という大型入浴施設がある。
元々は地域にあった地元の銭湯たちがあったが、家庭に風呂場ができるようになったこと、原油などの高騰などにより資金を出し合い、以前から『温泉が出る』と言われていた空き地を業者を呼んで掘削したところ、本当に温泉が出た。
そこで彼らは共同出資者と経営者になり店をたたみ、温泉の出る場所に呼びかけ人の屋号『亀の湯』から『トータス温泉ランド』と名付け、大型施設を作った。
首都圏からは外れるが、東京駅から乗り換えなしで最寄り駅まで行けてピストンバスが出ている利便性や千葉県からなら二時間でつける場所なので休日は近隣住民はもとより観光客や地元民で溢れる。
その『トータス温泉ランド』も平日の開店時は静かなものである。
夜勤当番が準備したタオルや館内着を畳んで特定の場所に置き、鍵の確認、忘れ物の有無、配達新聞を施設内の食堂などに置く…… 等々。
その日、カウンター担当の小野小夜は、常連の老人たちに館内着やタオルを渡しながら各社新聞ごとに折り目にホチキスで止めていた。
今日の記事は各紙、来日した北欧の王子が全日程キャンセルして帰国したことが大々的に報じられていた。
『まあ、あんな大きな騒動でしたもの…… しょうがないわ』
新婚してからパートで働く小野はせわしない世の中のエピソードにため息をついた。
まだ、三十に満たない彼女は、「今のうちにお金を貯めて養育費にして子供の産む」ために無理のない範囲で夫の理解を得つつ、いくつか短時間パートを掛け持ちしていた。
全ての新聞紙にホチキスが止まり、ふいに玄関を見た。
ガラスで出来た自動ドアの向こう。
駐車場に一台のナディアが止まった。
その運転席から出てきた男に、小野は目を見張った。
大きい。
どうみても二メートル以上。
それに見合う、筋肉をつけている。
傷だらけだ。
遠くからでもよくわかるもがいくつもある。
何より、寒い朝なのに甚平に雪駄と言う異常な衣装。
大男は甚平の懐から一個の大きなおにぎりを出して……一口で食べた。
いや、丸呑みした。
『常識』という規格外の大男に小野は業務を忘れて呆気にとられた。
と、視線に気が付いたのか、大男が小野に対してにぃと笑った。
意外に人懐っこい。
こちらも笑う。
大男は、その様子を見て車の助手席に声をかけたようだ。
今度は反対側から、小男、いや、それでも身長百六十に満たない自分から見ればやや背の高い老人が出てきた。
疲労の色が濃い。
それでも、小男は大男連れて館内に入ってきた。
小男はよれたスーツを着て疲労の色が濃い。
小野は、優しく応対した。
「いらっしゃいませ、当館のご利用は初めでしょうか?」
「いんや、俺は何度か使っているから」
後ろの大男が言った。
受付テーブルにある料金プランを見ながら小男が言った。
「えー、とね。三時間手ぶらパックお願いします」
「お会計は退館時にお願いします」
小野はそう言いながら足元にある館内着のストックから小男に合うLサイズの館内着と大男用に館内で最も大きい一式しかない4Lを出した。
「こちらをどうぞ」
「ありがとうございます」
小男とのやり取りをしている間。
大男は近くに陳列しているお土産を勝手に物色していた。
「へぇ、ヒマラヤの塩ってあるんだ」
などと言いつつ試食用の塩を舐め文字通りしょっぱい顔をする。
何故か、その様子が子供のようで愛おしいし可愛いと思う。
小男は館内着などがはいったバックを受け取ると、物色している大男に声をかけた。
「秋水君、ほら、さっさとお風呂入るよ!」
「はぁい」
二人は雑談をしながら、風呂場に向かった。
再び、受付は静かになった。
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