旅の目的ーReasonー

目覚め

 忘れぬ記憶、忌まわしき記憶、心に刻まれた記憶。


 幾度夢に見たのだろうか、忘れない為にと訴えてくるように何度も眠りと共に見せられる。


(だ……め……)


 自分を守る為に恩師が庇った姿は忘れられない。自分に力があれば、いや、あったところで敵わないのはわかっていた。


 それ程に遠い相手にどうすれば勝てるのか? どうすれば届くのか?


 旅に出てから幾度も考えた。起きている時も、夢の中でも、未だ答えは見つからない。



ーー


 ぱちっとエルクリッドが目を開けた時、覗き込むようにノヴァの顔が真っ先に映った。


「あ、起きたんですね! よかった」


(そっか、あたし……)


 一瞬考えてから身体を起こしたエルクリッドは香るハーブの匂いからここがタラゼドの店だとわかった。

 何処かの部屋で寝かされノヴァが付き添ってくれてたらしく、窓から射し込む日の傾きからどのくらい時間が経過したのかも察しがつく。


「ごめんねノヴァ」


 苦笑しながらエルクリッドが謝るとノヴァは首を横に振って微笑み、と、ある事に気づいたエルクリッドはじーっとノヴァを見つめながら視線を上から下、そして再び戻してからうんと頷き、おもむろにノヴァの胸に手を当てた。


「かばった時にそんな気がしたけど……ノヴァって、女の子だよね?」


 その指摘を受けた瞬間ノヴァの顔が鮮やかに真っ赤になり、その反応にはエルクリッドも目を丸くしてしまう。


 少年ではなく少女。胸に当てた手から伝わる感触も男のそれではなく、観念したように小さく頷くノヴァが静かに口を開く。


「そ、そうです……駄目ですか?」


「ううん。どうせいつかバレる事だったし、早めにわかってよかったかな?」


 もじもじと上目遣い気味に目線を向ける仕草をしてると少女に見えるが、年齢的なものもあってかどちらとも言える。

 何故偽っていたかは言及するつもりはないが黙っているよりは、と、エルクリッドが考え込んでるとノヴァの顔は未だ真っ赤なのに気づき、無意識にノヴァに当てていた手を動かしてたのに気づきすぐに手を引く。


「ごめん!」


「い、いえ! ちょっと恥ずかしかっただけですから……」


 両手を合わせながら頭を下げ謝るエルクリッドと、顔を赤らめながらも微笑むノヴァ。目が合うと互いに笑顔を交わし、とここでエルクリッドの鼻に食欲をそそる良い匂いが届く。


「タラゼドさんがご飯を作ってるんです。エルクさんも一緒に……」


 もちろん、と答えるよりも先にエルクリッドのお腹の音が鳴り、苦笑いする彼女が待ち切れないのだとノヴァは悟り思わずくすくす笑ってしまった。



ーー


 野菜たっぷりのスープに、肉と合わせた炒めもの、蒸した野菜料理も多種多様。豪勢でありながら栄養面への配慮が行き届いたのがひと目でわかる。


 テーブルに向かって座るノヴァも思わず言葉を失うが、その理由は料理ではない。

 向かい側に座るエルクリッドのスープを飲み、すぐにパンをかじって飲み込んだかと思うと思うと串焼きを三本ほど一瞬で平らげ、止まることなく食べ続ける姿が理由である。


「あ、あの……もう少しゆっくり食べてはどうですか? まだたくさんありますし……」


「ぅん……ふぅ、いやー、しばらくちゃんと食事できてなかったからさー」


 口のものを食べ切って喋るエルクリッドは満面の笑顔を見せ、空いた皿がいくつも積み上げられているのを微笑ましく見ながらタラゼドが皿を下げ、新たな料理を運んでくる。


「魔力を使い切っていましたからね。まだまだありますから、遠慮なく食べてください」


「ありがとうございます! では、いただきまーす!」


 事情をわかってるからかタラゼドは特に驚く事なくエルクリッドに食べる事を促し、それには流石にノヴァも受け入れるしかなかった。

 魔力を失った時に回復する手段は様々だが、食事が手っ取り早いとは以前タラゼドが言っていた気がする。


 リスナーはアセスの召喚、召喚維持、能力行使、カードの使用と魔力を消耗する。何もしてない時でもアセスとの契約料として定期的に魔力を支払う。

 エルクリッドはファイアードレイクをはじめ複数のアセスと契約している為、より消耗しやすい。食欲旺盛なのも無理はないのかもしれない。


「おいしぃ〜、いきかえる〜」


(かわいい人、ですね……)


 とても美味しそうに料理を食べるエルクリッドの姿は同じ女性としてかわいいと思えるもの。戦いの時とは異なる姿に憧れてしまう。


(エルクさんみたいに、僕もなれるかな……?)


 今はまだ遠いとわかっていても追いつきたいと思える。そんな眼差しを向けられているとは露知らず、エルクリッドは食事に舌鼓を打ち続けてるのだが。

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