なぜか大魔王だとカン違いされて討伐されかけたので、封印していた魔界ゲートを放置してどこか辺境にでも引っ越します ~ゲート開放で世界が崩壊すると言われてももう遅い。滅びの日まで仲間たちとスローライフ~

丸山弌

第0話 魔界ゲートの守り人

「あなたは死ななければいけない」


 ある日のことだ。

 たくさんの兵士を引き連れ、物々しい雰囲気でやってきた美しい女勇者に、シオはそんなことを言われた。


 唐突に、めちゃくちゃショックだった。


 この時、シオは23歳。

 二人の母が死んでもう10年になる。


 人里離れた土地に一人暮らし。

 今まで二人の母以外の人は見たことはない。


 街に行きたくても、魔界ゲートを封印しているので、この場を離れるわけにはいかなかった。たった一人、森の中の小屋で自給自足の生活。


 少しだけ前世の記憶があるものだから、なんとなくではあるが娯楽の存在は知っている。そういった浮世と離れて暮らすのはつらかったが、シオにはゲート封印という使命があったので、なんとか堪えて暮らしていた。


 そんな中、ついに人が来てくれた。

 しかも美人だ。


 自分の生活に光が差した。

 なにかが変わると期待した。


 そう思っていた矢先の、先の言葉。冷たく無感情な言葉が、シオの希望を打ち砕いた。


「え……? おれが……え? なんで……」


 シオは、今日も薪を割ろうと斧を手にしていた。それがなにか気に障ったのだろうかと、思わず投げ捨てて敵意がないことをアピールしてみる。――が、彼女のあまりに厳しい目つきは変わらなかった。


「私はあなたを倒しに来た勇者です。大魔王」


 大魔王?

 だれが……おれが?


 いや。

 おれは普通の人間だが……



 シオにまっすぐ剣の切っ先を向けた女性は、たしかに勇者の格好をしていた。装飾された豪華な剣に、身体にフィットした聖なる鎧。


「あなたは、この世界に生きていてはいけない存在です。あなたが死ぬことで、この世界は救われます。もう悪さはさせません。覚悟してください」


 キッパリと、そう言い切られた。散々な言われようだ。彼女に付き従うたくさんの兵士たちが、一斉にシオに殺気を向ける。



 もちろんそんな身に覚えはない。

 むしろ逆だった。

 シオは、自分が世界を救っているものだと思っていた。


 この家の裏庭に突如出現した、球体状の魔界ゲート。


 魔界は凶悪な魔物の巣窟だと母が言っていた。その扉が開かれれば、この世界には今以上に魔物が溢れ、街や城は破壊され、多くの人が殺されたり喰われたりして死に、平和な世の中は終わりを迎え、世界は崩壊する――と。


「待ってくれ! おれは……!」

「問答無用!」


 女勇者が剣を振りかぶり、飛び掛かってくる。殺される。けれど、おれが死ぬと世界が滅んでしまう。


 女勇者のスピードは、シオの体感的にゆっくりだった。攻撃を躱し、対話を試みる。


「おれは、この世界を守っているんだ!」


「……!? はやい! さすが、この世界の破壊を目論む大魔王……!」


 ぜんぜん聞く耳なしだった。


「これならどうだ! 食らえ、真の勇者のみ習得することができる伝説の秘儀……セイグリッド・レイ!」


 女勇者は剣に電撃を溜め、そして剣を大きく引き、切っ先をシオヘ向け、素早く突き出してきた。瞬間、光の一閃がシオの背後の森を吹き飛ばし、凄まじい轟音が響き土煙が巻き上がる。


 それを正面から受けたシオは、思わず構えた右の手の平が少し痛かった。


「な……」


 シオの姿を見た女勇者は驚愕し、しかし表情を引き締めなおす。


「この伝説の技は寿命と引き換えだ。だが私の未来など惜しいものか! 何度だってお前にこの技を食らわせてやる! セイグリッド――」


 剣を引く。

 その身体に、シオは後ろから優しく手を添えた。


「そんな身体に悪い技、使ったらダメだ」


「い、いつの間に……! 放せ!」


「……もう、帰ってくれないか。正直、今日はもう横になって休みたい気分だよ。また今度、ちゃんと話をしよう」


「うるさい! 大魔王め!」


 女勇者はシオの手を振り払い、飛び退いて、再び剣を構える。


「セイグリッド・レイ!」


 まずい。

 おれの背後にはおれの小屋が。


 あの攻撃で破壊されてしまったら、寝る場所がなくなってしまう。


 仕方なく、シオは彼女が放った光の一閃を、手の甲で空の果てへと弾き返した。パキンと、彼女の剣が折れる。


「あ……」


 それを見て、女勇者は身体から力が抜けたように両膝をついた。


「伝説の剣が……。伝説の技が……」


「もう帰ってくれ……。おれは君たちになにもしない」


 さすがにイライラしてきたシオが睨みつけると、彼女に従う兵士たちが武器を投げ捨てて、我先にと逃げ帰っていく。


「勇者の君も。もう剣を捨てて、普通の生活を送ってほしい。そのためにおれは――」


 おれは、魔界ゲートを守っているのだから。



   * * *



 それから、およそ500年の時が経つ。

 シオは23歳の外見のまま、大魔王討伐を掲げ定期的にやってくる勇者を追い返しながら一人暮らしを続けていた。


 勇者の襲撃について、もちろん嫌気はさしていたが、勇者たちにも事情があるようだった。


 魔界ゲートから漏れ出る魔力は、たしかに周囲の魔物を強くさせている。それはシオにもどうしようもないことで、その魔物が人々を襲うこともあるそうだ。


 シオが勇者に対し圧倒的であるのも、500年の歳月を経てなお23歳の若さを保っていることも、もしかしたらその影響かもしれなかった。


 魔界ゲートは、シオが封印してなお、この世界に強い影響を与えている。勇者たちは、それによって脅かされる平和を守りたかったのだ。


 しかしその魔界ゲートの力を、人々はシオ自身の力だと勘違いしてしまっていた。本当は違うのに、シオを倒せば、この悪なる波動は収まるものだと思っていた。


 誤解を解こうにも、口で言っても信じてもらえない。かといって実際にゲートを見せるとなると、それは封印の解除と同義となる。そんなことはできない。


 そのためシオは、500年という歳月の中、ずっと耐え凌いでこの生活続けていた。やがて、リゼという、シオの運命を変える勇者が訪れる日まで……

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