神律違反で家族が処刑された俺、ただの貧民から反逆者になります

神崎晒

第1話:最後の食卓

天禍ノ國あまかのくに郊外――貧民街

ボロ家が軒を連ねる一角。

その中の一軒に、黒鴉連牙くろあれんがは両親と妹と暮らしていた。


「ごはんできたわよー! ほら連牙、さっさと持ってって!」


古びたソファに寝そべりゴロゴロしていた連牙は、母の声に渋々体を起こす。


「え!?獅子鳥ししどりの丸焼きじゃん! こんなご馳走どうしたの!?」


台所から響いたのは、妹の声だ。

白い短髪にくりくりした大きな目――

愛らしい印象の小柄な少女、黒鴉白くろあしろ


「今日は白の誕生日だろ? 父さん、頑張って狩ってきたんだ」


そう言って、父は少し照れたように胸を張った。


「やだ……私のパパって、天才?」


「フフフ……もっと褒めてくれてもいいぞ」


調子づく父に、母は呆れ顔でため息をつく。


「うわ、本当に獅子鳥じゃん……これ、俺も食べていい?」


連牙が白の皿を覗きこむと、こんがりと焼かれた丸鳥から香ばしい匂いが立ちのぼっていた。


「だーめ! これは私の!」


「全部食う気か? 腹、千切れるぞ」


「千切れても食う」


「ダメに決まってるでしょ。ちゃんと皆で分けるの」


「はーい……」


白は名残惜しそうにため息をつきながら、少し豪華な料理を運び始めた。

連牙も手伝い、やがて食卓に料理が並ぶ。


家族で囲む温かな時間。


「さて。今日は特別な日だ。連牙、何の日か分かるか?」


父が椅子に腰かけるなり声を掛ける。


「……今日は、白の誕生日――」


「そう! 今日は白の誕生日だ!」


言い終える前に被せてくる父。聞く意味があったのか。


「白、何歳になった?」


「なんと……14歳になりましたっ!」


胸を張る白に、父がうんうんと頷く。


「そう! 今日で白は14歳! あっという間だったなあ……」


「ほら、早く乾杯するよ。せっかくの料理が冷めちゃう」


母が空気を切るようにグラスを掲げた。


「腹減った」


「それはいかん! さあ皆、グラスを持って!」


呼びかけに応じ、全員がグラスを取る。


「白。誕生日おめでとう。そして……元気に育ってくれてありがとう。乾杯!」


「「「乾杯!」」」


グラスをぶつけ合う音が響き、

白は照れくさそうに笑いながら「ありがとう」と呟いた。


幸せだった。

貧しくても、家族で笑い合えるこの家が大好きだった。


まさか、そんな日が――今日、壊されるとは思いもせず。


――ガン!


玄関が蹴破られ、木の破片が舞い散った。


「邪魔するよ」


黒装束に灰色の仮面をつけた人物が無言で踏み込んでくる。

その異様な姿に、全員が凍りついた。


父が男の前に立ちはだかる。


「……誰だあんたは。今日は大事な日だ。今すぐ出ていってくれ」


その背中が、やけに大きく見えた。


「……黒鴉和器くろあかずきだな?」


「……あんたとは初対面だと思うが?」


母が俺と白を抱き寄せるように後方へ押し下げる。

白は怯え、俺の足も震えていた。


気のせいか。仮面の男が、こちらを一瞬見た気がした。


「只今より黒鴉和器くろあかずき、並びに黒鴉明くろあめいを、神律違反者しんりついはんしゃとして処刑する」


「……は?」


思考が止まった。


神律? 処刑?

今、何を言った? 俺の両親が……?


「……な、何を言ってやがる! 神律違反!? ふざけるな、そんなこと一度たりともしてない!」


父が声を荒げた。

あんな父の怒声を聞いたのは、生まれて初めてだった。


「……それは教律部きょうりつぶに言うんだな」


仮面の男が、黒装束の奥から鈍く光る刀を引き抜く。


「ひっ……」


白が息を呑む。


「なんなんだよ、一体……!」


父が後ずさる。

でも、それでも前に立ち続けた。守ろうとした。


「……ふむ。ついでにそこの餓鬼も殺しておこう。一応な」


仮面の男が、俺を見た。


血の気が引いた。

視線だけで、心臓を掴まれたような感覚。


「いや……」


白が尻もちをつき、母が俺たちを抱きしめる。


その震えが現実だと突きつけてきた。


「ふざけんなぁ!!」


父が叫び、仮面の男に飛びかかる――


だが次の瞬間には、父の胸を刀が貫いていた。


「あ……え……な……父さん……?」


声にならなかった。


「が、はっ……!」


父が吐血し、床に崩れ落ちる。

視界が赤く染まっていく。


――父さんが、死ぬ?


「次」


仮面の男が刀を引き抜き、父を蹴り捨てた。


その時、母の小さな声が耳に届く。


「……理弩羅りどら解錠かいじょう飛影ひかげ】」


「母さん……?」


体が、ふわりと熱くなった気がした。


「無駄だ」


仮面の男が踏み込もうとした、その瞬間。


「……貴様」


父の腕が、男の足を掴んでいた。


あの一瞬。

父が作り出した、たった一瞬が、俺たちを救った。


「【瞬翔しゅんしょう】!」


気がつけば、景色が変わっていた。


一面の草原。

遠くに家々が点在する、どこかの郊外。


「母さん……父さん……?」


どこにもいない。あの温もりがない。


隣には、気絶した白が横たわっていた。


「……もう、いない?」


子供でも、分かった。


あの男に、両親は――


頬を伝う一滴の涙。

次いで、崩れ落ちる声。


「あ……ああ……」


何もかも、ぐちゃぐちゃだった。

だけど、ただ一つだけははっきりしていた。


――両親が、殺された。


「ああああああああああああぁぁぁぁああ!!」


草原に、痛切な絶叫が響き渡った。

それは、少年の心が断ち切られた瞬間の音だった。

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