第45話 三人のプレイヤーと、未踏の大陸へ

 ニョームガルデの朝は、澄んだ鐘の音と共に訪れる。

 時計塔の機能が、完全に、元に戻ったのだ。街は、一夜にして、以前の活気を取り戻していた。


 宿屋の一室。

 三人の間には、昨日までの、重苦しい沈黙は、もうなかった。

 代わりに、そこにあったのは、少しだけ照れくさく、しかし、確かな温もりに満ちた、穏やかな空気だった。


 アキラは、世界地図を広げ、仲間たちに、向き直った。

 その顔には、もう、孤独なプレイヤーとしての、悲壮な覚悟はない。


「…さて、と」

 アキラは、少しだけ、言いにくそうに、頭をかいた。

「…次のステージ、『巨獣の揺りかご』なんだが…。正直、オレ一人じゃ、完璧な作戦は、立てられそうにない。だから…二人の意見を、聞かせてくれないか?」


 それは、アキラが、初めて、仲間たちに、心から、助けを求めた瞬間だった。

 その、たった一言が、タカシとヒトミの心を、どれだけ、軽くしたことか。


「…ふん」ヒトミは、そっぽを向きながらも、その口元は、明らかに、緩んでいた。「やっと、素直になったわね。当たり前でしょう? 私の知識がなければ、あなたなんて、ただの、ゲームオタクなんだから」

「なんだと!?」

「それに、オレの力がなきゃ、アキラなんて、ただの、ひょろひょろのもやしだぜ!」

「お前まで、何だと!?」


 軽口を叩き合い、三人は、顔を見合わせて、笑った。

 そうだ。これが、自分たちなんだ。


 そこから始まった作戦会議は、これまでの、どの会議よりも、創造的で、そして、建設的だった。


「オレは、思うんだ」タカシが、真剣な顔で言った。「あの大陸じゃ、オレたちの常識は、通用しねえ。だから、いきなり、神器を探しに行くんじゃなくて、まずは、何日か、安全な場所で、じっと、息を潜めて、この大陸の『ルール』を、観察すべきじゃねえか?」


「…タカシの言う通りね」ヒトミも、頷いた。「古文書によれば、あの地の巨獣たちは、独自の、生態系のピラミッドを、形成しているというわ。どの獣が、どの獣を狩り、どの植物が、どの獣を、寄せ付けないのか…。その力関係を、完全に、把握するまでは、動くべきではないわ」


 アキラは、二人の意見を、羊皮紙に書き留めていく。

 パワー担当だったはずのタカシが、『慎重さ』を説き、頭脳担当のヒトミが、『観察』の重要性を説く。そして、アキラが、その二つの意見を、一つの『戦略』へと、昇華させていく。


「―――分かった。ありがとう、二人とも」


 アキラは、顔を上げた。その目には、もう、迷いはない。

「オレたちの、次の作戦は、こうだ。フェーズ1、『潜入・観察』。まずは、安全な拠点(セーフポイント)を確保し、三日間、徹底的に、この大陸の生態系を、調査する。フェーズ2、『ルート策定』。得た情報を元に、神器への、最も、安全なルートを、割り出す。そして、フェーズ3、『目標確保』。全ての準備が整って、初めて、オレたちは、行動を開始する。…どうだ?」


「…完璧だ!」

「ええ。それなら、文句なしよ」


 三人の心が、完全に、一つになった。

 もはや、彼らは、一人の天才プレイヤーと、その指示に従う、二枚のカードではない。

 それぞれが、盤面を読み、意見を出し合い、未来を予測する、三人の『プレイヤー』から成る、最強のデッキとなっていた。


 準備を整え、三人は、再び、技師長の元を訪れた。

 技師長は、そんな三人の、変わった空気を、敏感に、感じ取っていた。

 彼は、何も言わず、三人に、小さな、歯車でできた、三つのお守りを、手渡した。


「…これは、『共鳴の首飾り』だ。我々の技術の、試作品だがね。これを、身につけていれば、たとえ、魔法が封じられても、互いの、思考や感情を、かすかに、感じ取ることができる。…論理的には、ありえないが、君たちのような、『非論理的』なチームには、有効な装備かもしれん」


 それは、機械仕掛けの街が、彼らの『絆』という、非論理的な力を、認め、そして、託した、最高の、餞別だった。


 高速船に乗り込み、ニョームガルデの港を、後にする。

 船の上で、三人は、もう、無駄口を叩くことはなかった。

 それぞれが、来るべき戦いに向けて、自らの役割を、完璧に、果たそうとしていた。

 ヒトミは、古文書を読み解き、タカシは、新しい装備の感触を確かめながら、精神を統一する。そして、アキラは、仲間たちから得た、新しい視点を元に、頭の中で、何百通りもの、シミュレーションを、繰り返していた。


 やがて、水平線の向こうに、その、あまりにも、巨大で、あまりにも、雄大な、原始の大陸が、その姿を現した。

 天を突く、山脈。

 空を覆う、巨大な樹々の、緑の海。

 そして、その大陸全体から放たれる、圧倒的なまでの、生命の息吹。


 その、神々しいまでの光景を前に、三人は、甲板の上に、並んで立った。

 彼らの心は、不思議なほど、穏やかだった。

 どんな、困難な盤面が、待ち受けていようとも。

 どんな、理不尽な敵が、現れようとも。


 この仲間たちと一緒なら、必ず、乗り越えられる。


 三人は、顔を見合わせ、静かに、しかし、力強く、頷いた。

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