第41話 論理の塔と、想定外の一手

 大陸の心臓に突き立てられた、巨大な結晶の杭。

 三人は、その呪いの大元である、禍々しい塔の麓に、ついにたどり着いた。


 見上げるほどの、巨大な塔。それは、ゴツゴツとした岩や、蔦の絡まる遺跡とは、全く違っていた。表面は、まるで、磨き上げられた水晶のように、滑らかで、継ぎ目一つない。自然界には、決して、存在し得ない、完璧で、無機質な建造物。

 塔全体が、まるで、巨大なコンピューターのように、冷たい魔力の音を、低く、響かせていた。


「…ここが、親玉のいるダンジョンか」

 タカシが、ゴクリと唾を飲む。

「入り口は、どこにも見当たらないわね…。おそらく、魔法的な結界で、隠されているはずよ」

 ヒトミが、魔力の流れを探ろうと、目を凝らす。


 だが、アキラは、塔の、ある一点を、じっと見つめていた。

 そこだけが、壁ではなく、複雑な光の模様が、目まぐるしい速さで、明滅を繰り返している。


「…いや、あれが入り口だ。そして、同時に、最強のロックでもある」

 アキラが指差す先には、神の作った、究極のパズルがあった。

 光の模様は、毎秒、何百通りものパターンに変化し続けている。それを、目で追い、解読することなど、人間の脳には、不可能だった。


「どうするんだ、アキラ? オレが、ぶっ壊してやろうか!」

 タカシが、拳を握りしめ、前に出る。

「待て!」

 アキラが、制止するのも間に合わず、タカシの拳が、光の壁に叩きつけられた。

 その瞬間、タカシの体は、まるで、不可視の衝撃波に殴られたかのように、後方へと、派手に吹き飛ばされた。


「ぐはっ! …いってえ…! なんだ、今の!」

「物理的な攻撃を、そのまま、倍にして、跳ね返す結界よ」

 ヒトミが、冷静に分析する。「私の魔法も、おそらく、通用しないわ。この結界は、完璧すぎる。あまりに、論理的で、つけ入る隙がない…」


 力も、魔法も、通用しない。

 残された手段は、アキラの知略だけだった。

 アキラは、腕を組み、何時間も、その場から動かず、光の明滅を、睨みつけ続けた。

 だが、その表情は、次第に、焦りと、苦悩に、歪んでいった。


(…ダメだ。読めない。ジェスターのゲームには、まだ、人間的な『性格の悪さ』があった。だから、裏をかけた。だが、これは、違う。アインが作った、このパズルには、性格も、クセも、感情も、何もない。ただ、完璧な、純粋な『乱数』と、『論理』だけだ。これじゃあ、読みようがない…!)


 初めて、アキラは、神の『完璧さ』の前に、完全な手詰まりに陥っていた。


「…くそっ!」

 アキラは、悔しそうに、地面を拳で叩いた。

「…ダメだ、降参だ。このパズルは、オレには、解けない…!」


 それは、アキラが、初めて口にした、完全な敗北宣言だった。

 ヒトミも、唇を噛み締める。アキラの知略が通用しないのなら、もう、打つ手はなかった。


 その、重苦しい沈黙の中。

 ずっと、暇そうに、地面に座り込んでいたタカシが、立ち上がった。

 彼は、アキラやヒトミが見ていた、巨大な光のパズルには、目もくれない。

 ただ、そのパズルの、足元にある、壁の、ほんの小さな、水晶の突起を、いじっていた。


「…なあ。このパズル、すげえ、綺麗だけどよ」

 タカシは、その、指先ほどの、小さな水晶の突起を、つまようじでも弾くかのように、コン、と、軽く、指で弾いた。


「…なんか、ここだけ、ちょっと、出っ張ってて、気持ち悪くねえか?」


 ―――カチリ。


 その、あまりにも、小さな音が、静寂に響いた。

 タカシが、弾いた、小さな水晶が、まるで、隠しスイッチのように、壁の奥へと、吸い込まれていく。


 そして、次の瞬間。

 あれだけ、アキラを苦しめた、巨大な光のパズルが、フッと、全ての光を失った。

 不可視の結界も、消え去る。

 そして、目の前の、完璧だったはずの壁に、静かに、円形の入り口が、開いた。


「「「…………え?」」」


 三人は、あっけにとられて、その光景を、見つめていた。

 タカシ自身も、自分の指先と、開いた扉を、不思議そうに、見比べている。


 やがて、沈黙を破って、アキラが、くつくつと、笑い出した。

 それは、やがて、腹を抱えての、大爆笑に変わった。


「ははは! そうか、そうだったのか! やられたぜ、アイン!」

 アキラは、涙を拭いながら、言った。


「オレも、ヒトミも、完全に、お前の術中にはまってた。お前は、オレたちが、『解読』や、『攻略』で、この扉を開けようとすることを、完璧に、予測してたんだ。だから、解読不可能な、完璧なダミーのパズルを、用意した」


 アキラは、タカシの肩を、バン!と叩いた。


「でもな、アイン。お前の完璧な論理には、一つだけ、計算外のことがあった。この、オレたちの仲間には、『難しすぎるパズルは、すぐに飽きて、目の前の、ちょっと気になる出っ張りを、いじり出す』っていう、お前の理解を、遥かに超えた、『非論理的』な行動パターンが、あったんだよ!」


 ヒトミも、呆れたように、しかし、心の底から、感心したように、微笑んだ。

「…あなたの、その、単純さが、神の論理を、打ち破ったというわけね…」

「へへっ、よく分かんねえけど、褒められてんのか?」


 タカシは、照れくさそうに、頭をかいた。

 彼の、何気ない、子供のような、純粋な好奇心。

 それこそが、神が、唯一、予測できなかった、『人間』という、バグそのものだった。


 アキラは、開かれた、塔の入り口の、その先の、冷たい闇を、睨みつけた。

「…さあ、行こうぜ。オレたちの『想定外』は、まだまだ、こんなもんじゃないってこと、神様に、教えてやりに、な」


 彼らの絆は、また、新たな形を見せた。

 一人の天才的な頭脳だけではない。

 一人の、規格外のパワーだけでもない。

 三人の、それぞれの、長所も、そして、短所さえもが、互いを補い合い、奇跡を起こす。

 それこそが、彼ら『デッキブレイカーズ』の、本当の、強さだった。

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