第33話 機械仕掛けの街と、神のアップデート

 ジェスター諸島を脱出した三人を乗せた船は、数週間の航海の末、ついに、次なる大陸『ヴォルカニア』の港へとたどり着いた。

 そこは、ローデリアとも、カラト・アルナフルとも、全く違う、驚きに満ちた場所だった。


「…すげえ…」


 タカシが、呆然とつぶやく。

 港には、蒸気を吹き上げる、鉄でできた巨大な船が停泊している。空には、歯車とプロペラで動く、奇妙な飛行機械が飛び交っていた。そして、街を歩く人々の中には、腕や足が、精巧な機械の義手や義足になっている者も、少なくない。


「ここが、機械仕掛けの街、『ニョームガルデ』…。魔法ではなく、科学と工学が、極度に発達した文明ね」


 ヒトミが、知的な好奇心に満ちた目で、その光景を分析する。

 アキラは、魔法のコンパスをかざした。針は、街の中心にそびえ立つ、巨大な時計塔を指し示している。


「次の神器は、あの時計塔にあるみたいだな」


 三人は、活気あふれる街の中を、進んでいった。

 道行く人々は、皆、忙しそうに歩き、その目には、ローデリアの人々のような素朴さも、カラトの商人たちのような抜け目なさもない。ただ、効率と、論理性を重んじるような、独特の雰囲気があった。


「…なんだか、この街の空気、あのゼノに少し似てるな」アキラが、ふと呟く。

「確かに。感情よりも、理屈で動いている感じがするわ」


 三人が、時計塔のある中央広場へとたどり着いた時だった。

 街中に設置された、巨大なスクリーン――『伝声板』と呼ばれる、この街の情報伝達装置に、突如、緊急ニュースの文字が映し出された。


『――速報。我が街の絶対防衛システム、『オートマタ・ガーディアン』が、正体不明の敵性プログラムにより、ハッキングされました。ガーディアンは現在、制御不能。市内にいる、全ての『魔力保持者』を、敵とみなし、無差別攻撃を開始しています――』


 そのニュースが流れた瞬間、街中に、けたたましい警報が鳴り響いた。

 そして、地面が、壁が、街灯が、ガシャン!ガシャン!と変形を始め、あっという間に、何百体もの、冷たい鋼鉄の機械人形(オートマタ)へと姿を変えた。その目は、赤いセンサーライトを不気味に光らせ、一斉に、ある一点へと、その銃口を向けた。


 その視線の先にいたのは――ヒトミだった。

 彼女が持つ、強大な魔力に、ガーディアンが反応したのだ。


「まずいわ!」


 アキラが叫ぶよりも早く、何百もの銃口から、魔力を中和し、破壊するための、青白い光線が、一斉に放たれた。


「ヒトミ!」

「させっかよ!」


 タカシが、ヒトミの前に飛び出し、『真実の盾』を構える。

 だが、光線の数は、あまりにも多すぎた。盾で防ぎきれなかった数発が、タカシの体を弾き飛ばし、ヒトミの張った防御壁を、いとも簡単に貫通した。


「きゃあっ!」

「ぐっ…!」


 ヒトミとタカシが、地面に倒れ込む。

 幸い、致命傷ではない。だが、光線には、魔力を一時的に封じる特殊な効果があり、ヒトミは、魔法をうまく使えなくなってしまっていた。


「くそっ! なんだってんだ、いきなり!」

「これは…」


 アキラは、ぞっとした。

(…ジェスターの、仕業じゃない。これは、『観測者』アインの、直接攻撃だ!)


 ジェスター諸島で、アキラたちの戦闘データは、完全に、アインに渡ってしまった。

 アインは、そのデータを元に、アキラたちの『弱点』を、完璧に分析したのだ。


 タカシのパワーと、アキラの知略。その二つを支えている、最も重要な『心臓部』。

 それは、ヒトミの、回復と補助の魔法だ。

 彼女さえ封じてしまえば、このデッキは、機能不全に陥るあ。


 アインは、この街のシステムをハッキングし、ヒトミだけを狙い撃つように、ガーディアンを『アップデート』したのだ。


「アキラ! ヒトミを連れて、逃げろ!」

 タカシが、再び立ち上がり、ガーディアンたちの前に立ちはだかる。

 だが、アキラは、首を横に振った。


「…逃げても、無駄だ。この街全体が、もう、敵のフィールドなんだ。それに…」


 アキラは、倒れこむヒトミの肩を、力強く抱いた。

 そして、タカシに、叫んだ。


「オレたちのデッキに、捨てるカードなんて、一枚もねえ!」


 アキラの瞳には、絶望の色はなかった。

 それは、神という、最強のプレイヤーが、ついに、本気で自分たちを潰しに来たことに対する、挑戦者の、獰猛な笑みだった。


「面白いじゃないか、アイン。オレたちの全てを知った上で、対策してきたってわけか。だったら、こっちも、見せてやるよ。お前の知らない、オレたちの、新しい『コンボ』をな!」


 神による、非情な、ピンポイント攻撃。

 仲間の一人が、完全に、その力を封じられるという、絶体絶命の状況。

 だが、その逆境こそが、彼らの絆を、そして、アキラの戦略を、さらなる高みへと、進化させる、起爆剤となるのだった。

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