第32話 うそつきの庭園と、ココロの言葉

 虹色の光の橋を渡り、三人がたどり着いた第三の島。

 そこは、これまでの不気味な島々とは打って変わって、色とりどりの花が咲き乱れる、美しい庭園だった。甘い花の蜜の香りが、鼻をくすぐる。


「うわあ、綺麗な場所だなあ」

 タカシが、警戒心も無く、感心したように言う。

 だが、その平穏な光景こそが、ジェスターの悪意を、より一層際立たせていた。

 彼らが庭園の入り口にある、蔦の絡まった美しい門に手をかけた時、あの声が、楽しそうに響き渡った。


『ステージ3へようこそ! 可憐なるプレイヤーたち! この麗しき『うそつきの庭園』へ!』

「うそつきの庭園…?」

『そ! この庭園ではね、全ての言葉が、あべこべの意味になっちゃうんだ! そう、まるで、素直になれない、誰かさんの心みたいにね!』


 ジェスターの言葉に、ヒトミが、びくりと肩を震わせた。


『さあ、最初の門を開けてごらん? 合言葉は、簡単だよ。『開けゴマ』の、正反対さ!』


「正反対…?」タカシが、首をひねる。「ってことは…『閉まれゴマ』か!」

 タカシがそう叫んだ瞬間、門は、びくともしないどころか、逆に、蔦が、より固く、門を閉ざしてしまった。


『ブッブー! 残念! 言葉だけじゃ、ダメなんだなあ!』ジェスターの、嘲笑する声が響く。『この庭園は、君たちの『心』を読む! 言葉と、心が、完全に『あべこべ』になった時だけ、魔法が発動するのさ!』


「言葉と心を、あべこべに…?」

 それは、あまりにも難しい、意地の悪いルールだった。

 ヒトミは、顔を真っ赤にしながら、門に向かって、ぼそりと、つぶやいた。

「…べ、別に、開かなくても、いいんだから…」

 彼女が、心の底から、そう『強がった』瞬間、固く閉ざされていた門が、ギギギ…と、ゆっくりと開いた。


「「おお…!」」

「な、なによ! たまたまよ、たまたま!」


 三人は、こうして、一筋縄ではいかない庭園の攻略を始めた。

 深いクレバスが、目の前に現れる。

 アキラが、冷静に、しかし、本気で「こんなの、絶対に渡れない」と、天を仰いで見せる。すると、足元から、蔓が伸びて、見事な橋を架けた。


 道端には、奇妙な、人食い花が、巨大な口を開けている。

 タカシが、「全然、怖くねえぞ!」と、虚勢を張った瞬間、花は、びくりと怯えたように、その口を閉ざしてしまった。


 彼らは、それぞれのやり方で、この「あべこべ」の世界に適応していった。

 だが、庭園の中央で、三人は、ついに、完全に行き詰まってしまう。

 道の真ん中に、巨大な、太陽のように輝く、美しい花が、その進路を塞いでいたのだ。その花は、強力な光の結界に守られている。


『最終問題!』ジェスターの声が、ひときわ楽しそうに響く。『その『天邪鬼(あまのじゃく)の華』は、最高の『嘘』を捧げた者にのみ、その道を開く! ただし、その嘘は、君たちの魂の『真実』を、映したものでなくてはならない! さあ、君たちの、心の中に隠した、本当の嘘を、聞かせておくれ!』


 魂の真実を映した、嘘。

 それは、あまりに難解な、禅問答だった。

「オレは、本当は、めちゃくちゃ弱い!」タカシが叫ぶ。花は、動かない。

「私は、この世界の謎なんて、どうでもいい」ヒトミが言う。花は、動かない。

「オレは、このゲームに、負けたい」アキラが言う。花は、ピクリともしない。


 彼らの言葉は、ただの「嘘」であって、その裏に、「魂の真実」が、こもっていなかったのだ。

 どうすればいいのか。三人が、完全に、手詰まりになった、その時。


 ずっと、黙って考え込んでいたヒトミが、おもむろに、アキラとタカシに、背を向けた。

 そして、顔を真っ赤にしながら、震える声で、目の前の花に、吐き捨てるように、言った。


「…わ、私は…!」

「…あなたたち二人のことなんて、大っ嫌いよ!」


「「えっ…!?」」

 アキラとタカシが、驚いて、ヒトミの顔を見る。


 ヒトミは、続けた。その目には、うっすらと、涙が浮かんでいた。


「アキラは、いつも、無茶な作戦ばっかりで、人をハラハラさせるし…! タカシは、脳筋で、デリカシーがなくて、うるさいだけだし…! 二人と一緒にいても、全然、楽しくなんてない! 助けてもらっても、これっぽっちも、感謝なんて、してないんだから…!」


 それは、今まで、彼女が、絶対に、口にしなかった言葉。

 素直になれない彼女が、ずっと、心にしまい込んできた、本当の気持ちの、完璧な「あべこべ」。


 彼女が、そう言い切った、瞬間だった。

 太陽のように輝いていた『天邪鬼の華』が、まるで、満足したかのように、その美しい花びらを、ゆっくりと、閉じていった。

 光の結界が、消え去る。

 そして、花のあった場所には、次なるステージへの鍵が、静かに置かれていた。


 アキラとタカシは、何も言えなかった。

 ただ、顔を見合わせ、そして、耳まで真っ赤にして、うつむいている、大切な仲間のことを、とてつもなく、愛おしいと思った。


「…な、なによ! これで、先に進めるでしょ! さっさと、行くわよ!」


 ヒトミは、鍵をひったくると、一人で、さっさと、先を歩いて行ってしまった。

 その背中が、彼女の「本心」を、何よりも、雄弁に物語っていた。


 ジェスターの、感心したような、そして、心底面白そうな声が、空から響いた。

『…アハハ! アハハハハ! 最高だ! なんて、可愛らしくて、なんて、厄介な嘘なんだ! ああ、人間って、本当に、飽きないおもちゃだねえ!』


 三人の絆は、神の道化師が仕掛けた、意地の悪い罠さえも、最強の武器へと変えてしまった。

 彼らは、また一つ、強くなった。

 そして、その先で待ち受ける、さらなる理不尽なゲームへと、歩みを進めるのだった。

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