第14話 鷲獅子の同盟と忘れられた谷
リーダー格のグリフォンが、アキラたちの前で深く頭を垂れる。それは、完全な和解と、敬意の証だった。
戦場に満ちていた殺気は、嘘のように消え去り、代わりに誇り高く、澄んだ空気が流れていた。
「す…すげえ…」
タカシが、呆然とつぶやく。空中で砲弾のように暴れまわっていた彼も、この荘厳な光景の前では、ただ圧倒されていた。
アキラは、リーダー格のグリフォンに近づくと、先ほど投げた魔法のコンパスをそっと拾い上げた。そして、言葉の代わりに、まっすぐな瞳でうなずき返す。それで、十分だった。互いの間に、確かな絆が生まれたのを、肌で感じていた。
すると、リーダー格のグリフォンは、おもむろにその場に身を伏せ、大きな翼を少しだけ広げた。そして、その頭で、自らの背中を、次いで、険しい山脈の峰々を、順に指し示した。
「…まさか!」ヒトミが、信じられないという顔で目を見開く。「私たちを…乗せていってくれるつもりよ!」
「マジかよ!? グリフォンの背中に乗れるのか!?」
タカシの顔が、ぱあっと輝く。先ほどまでの死闘の恐怖など、一瞬で吹き飛んでしまったようだ。
「伝説では、グリフォンは自らが『空の王者』と認めた者しか、その背に乗せないというわ。アキラ、あなたの勇気と知略、そして仲間を信じる心が、彼らの誇りを動かしたのよ」
ヒトミの言葉に、アキラは少し照れくさそうに笑った。
「オレだけじゃない。みんなのコンボのおかげだよ。…さあ、行こう。空の王者の力を、ありがたく借りさせてもらうぜ!」
三人は、おそるおそるグリフォンの背中にまたがった。リーダー格にはアキラが、他の二羽にはタカシとヒトミが乗る。温かく、力強い筋肉の感触が、背中から伝わってきた。
次の瞬間、三羽のグリフォンは、力強く地面を蹴った。
ふわり、と体が浮き上がる。アキラは思わず、グリフォンの首にしがみついた。そして、巨大な翼が一度、空気を叩くと、彼らの体は弾丸のように、蒼い空へと舞い上がった。
「うおおおおおおお! 飛んでる! オレ、飛んでるぞー!」
タカシの歓声が、山々にこだまする。
眼下には、先ほどまで死闘を繰り広げていた吊り橋が、まるでミニチュアのように小さく見えた。風が、轟音を立てて体を通り過ぎていく。それは、ヒトミの魔法で飛んだ時とは全く違う、圧倒的なスピードと、生命の躍動感だった。
ヒトミは、その美しい黒髪を風になびかせながら、恍惚とした表情で空の流れを感じていた。風を操る魔法の使い手として、この偉大な生き物との一体感は、何物にも代えがたい経験だった。
アキラは、眼下に広がる壮大な世界を見下ろしていた。どこまでも続く山脈、雲の海、そして、その先にあるまだ見ぬ大地。それは、彼が今まで見ていたどんなゲームのマップよりも、広大で、美しく、そして複雑な、最高の盤面だった。
グリフォンたちは、徒歩なら何週間もかかるであろう険しい山脈を、わずか数時間で飛び越えていった。
やがて、彼らはゆっくりと高度を下げ始める。
眼下に見えてきたのは、周りの険しい山々とは全く違う、奇妙なほどに静かで、緑豊かな谷だった。霧が立ち込め、外部の世界から、その存在を完全に隠していた。
「ここが…『忘れられた谷』…」
グリフォンたちは、谷の中心にある巨大な一枚岩のような崖の前で、静かに三人を降ろした。そして、名残を惜しむように一声高く鳴くと、再び空へと舞い上がり、山脈の彼方へと去っていった。
三人は、改めて目の前の崖を見上げた。高さは、数百メートルはあろうか。苔むした、ただの巨大な壁にしか見えない。
「おい、行き止まりじゃないか?」
「いいえ」
アキラは、魔法のコンパスを取り出した。コンパスの針は、この崖を指したまま、ぐるぐると猛烈な勢いで回転している。
「行き止まりじゃない。これが、『扉』なんだ」
アキラは、確信を持って崖に近づくと、その岩肌に、コンパスをそっと押し当てた。
その瞬間、コンパスがまばゆい光を放った。光は、まるで蜘蛛の巣のように崖全体に広がり、今まで何もなかったはずの岩肌に、無数の古代文字のルーンが、青白い光を放ちながら浮かび上がる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
地響きと共に、崖全体が、巨大な扉となって、ゆっくりと内側へと開いていく。数千年もの間、閉ざされていた封印が、今、解かれようとしていた。
扉の向こうは、底知れない闇。だが、その奥から、古い紙の匂いと、膨大な知識の気配が、静かに流れ出してくる。
「…見つけたぜ」
アキラは、ゴクリと唾を飲んだ。
神々と戦うための攻略本――『叡智の書庫』。
三人は、顔を見合わせると、固い決意を目に宿し、その闇の中へと、一歩、足を踏み入れた。
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