第7話 胎動

 柿崎葵ことチャンネル登録者一〇〇万人旅行系YouTuberこん。の影響力は凄まじかった。動画公開直後から京たちへの連絡が鳴りやまず、回線はパンク状態になった。京と亮だけでは対応しきれず、二人の家族も手伝いに加わるほどだった。

 異世界旅行は開業から好評を博し、一ヵ月で利用者五千人を超え、売り上げは単純計算で一億円余りを計上した。


「マジで異世界行けるとかおどろきでしかない」「このサービス考えた奴マジで天才」「話題のアレで異世界転移してきたわワロタ」「もう一回行きたい!!!!」

 SNSでの評判も上々で、概ね好意的な意見が占めた。それがSNSの拡散力も相まって、口コミが広まりに広まり、京たちのもとへと異世界旅行の申し込みが殺到することになった。

 それに応対する京は従業員を増やすことを考えつつ、もう一つ気になって頭を離れないことがあった。


 それは――。

 この忙しくも嬉しい事態を作るきっかけとなった柿崎葵が言った言葉。「……でも、何か、自分が思ってる異世界とは、ちょっと違うんですよね……」


 京は、一体何が「違う」のか分からないままでいた。


 ***


 忙しい業務の束の間の休みに、久しぶりに京は亮の部屋に来ていた。亮は、一言で言えばオタクだ。部屋にはメジャーなものからマイナーなものまで、漫画が所狭しと本棚に並べられている。本棚にあるたくさん漫画の他には、ベッドしかないオタク部屋……。

 向かい合って床に座る二人の前には、お盆に乗せられたお菓子とアイスコーヒーが床にそのまま置かれている。二人分のお菓子とアイスコーヒーを運んできたのは、亮の妹の安奈だ。安奈は、もう自室へと引き上げている。


「なあ、亮。『異世界勇者の無双伝』、貸してくれないかい?」

 唐突に、京は亮にそう言う。

「お、どういう風の吹き回しだ? お前が漫画に興味を持つなんて、珍しいじゃねえか」

 亮がからかうように答える。

「いいから、貸してくれ」

 京は亮のからかうような態度を無視して、亮に再度要求する。

「分かったよ。えーと、確かここに……」

 京の要求に立ち上がって本棚の一箇所から、『異世界勇者の無双伝』第一巻を取り出す亮。

「ほら、大事に読んでくれよ? でもよ、どうして今頃になって『異世界勇者の無双伝』を読む気になったんだ?」

 そして、亮は京にそれを手渡しながら、疑問をぶつける。

「……ん? ああ。ボクたちが行ってる異世界と、は何が違うんだろう、と思ってね」

「…………??」

 京の言葉に、亮は全く意味が解らないという表情で返すのだった。


 ***


『異世界勇者の無双伝』――。

 累計発行部数五〇万部を超える王道異世界ファンタジー漫画の代表格だ。

 現実世界では無職ニートだった主人公キミアキが勇者として異世界に召喚され、魔王を倒すべく冒険を繰り広げる物語は、幅広い層の読者に支持され読まれている。


 そんな漫画を京は読みはじめた。


 物語は主人公キミアキが、心臓発作で自室で死ぬところからはじまった。心臓発作で死んでしまったキミアキは、神のいる空間で目を覚ます。

 神の手違いで死んでしまったキミアキは、神から最強のステータスを与えられ、異世界を滅亡せんとする魔王を倒す使命を与えられて異世界へと転移するのだった。

 異世界の草原に転移したキミアキは襲ってきたゴブリンをいとも簡単に倒し、街を探して探索する。

 そして、キミアキは異世界で最初の街にたどり着いた。


 中世ヨーロッパ風の街は活気にあふれ、異世界の人間はもちろんのこと、エルフをはじめとする亜人たちや様々な獣人や竜人が街を闊歩していた。

 その光景を目にしたキミアキは、ようやくそこで自分が異世界にやって来たという実感が湧き上がるのだった――。


 ***


 と、そこまで読んで京はハッとした。

(そうか、異世界と言えば亜人や獣人たちが人間とともに街を歩き、生活している光景じゃないか!)

 そして、京は自分たちが行っている異世界の街を思い出す。

(確かに、あの街には異世界らしい街並みはある。でも、そこには人間しかいない。亜人も獣人もいないじゃないか……! つまり、それが『思っている異世界とは、ちょっと違う』の正体なのかもしれない)


「なあ、亮。ありがとう。よく分かったよ」

 京が単行本から顔を上げ、そう言う。

「……は? 何がだよ? 何が分かったんだ?」

 対する亮は何が何だか分からないという風に、困惑の声を京に返す。

「ボクが、これから何をすべきかってことだよ」

 そう言って京は、へへへと笑う。

「……………??」

 全く意味が分っていない亮。

「いいかい、亮。ボクたちが行っている異世界のあの街。そこに『異世界勇者の無双伝』に出てくるような亜人や獣人はいるかい?」

 何も分かっていない亮の様子を見て、京は渋々といった感じで説明しだす。

「……そういやあ、いないな」

 亮は何が何だか分からないなりに、京に同意する。

「ボクは、あの異世界そのままで利用者に楽しんでもらえたらいいと思ってた。それで、今のところはうまくいってる。……だけど、これから必要になることは、を提供することなんじゃないかってことに気づいたんだよ」

「……はあ? なるほど?」

 説明を続ける京に、相変わらず意味が分かってなさそうな亮。


「つまり、これから何をどうするってことだよ? あの街に、亜人や獣人を住まわそうってわけか?」

 亮が疑問を口にする。

「その通り、亮。みんなのイメージする異世界が現実の異世界でないなら、ボクたちがみんなのイメージに沿う異世界を創っていけばいい、ってことだよ」

 そう言って、京は口元をゆるめるのだった。



――――――――――――

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