第4話 胎動

「これから忙しくなる」という京のは当たった。


 異世界から帰った京は、すぐに編集作業に入った。税込み価格12980円の編集ソフトをインストールした20万円余りの中国製ゲーミングパソコンを使って。異世界で撮影した風景を編集して、一つの動画を創る。

 メインの編集は京が担い、その他もろもろの雑用を亮が行う。特に役割分担を決めたわけでもないのに、自発的に自らの役割を遂行する二人。コイツら、けっこういいコンビなんじゃないか。


 夜を徹して編集作業に没頭した二人は、明け方に動画を完成させた。エナジードリンクの空き缶が転がる作業部屋で、二人は無言でハイタッチをした。

「んじゃあ、これを……」

 ハイタッチ直後、亮が京に話しかける。

「ああ、YouTubeにアップしよう」

 京が鷹揚に頷く。二人の顔には疲労がにじむものの、作業を終えた達成感とこれから起こることへの期待で表情は明るい。


 そうして、8月某日午前7時、YouTubeにとある動画が投稿された。『株式会社クロスゲート【異世界観光】』というチャンネル登録者一桁のYouTubeチャンネルに投稿された「君も異世界に行ってみないか?」というタイトルの動画は、投稿直後から再生カウンターが少しずつ動きはじめ、投稿一時間後に再生数1000を超え、日が変わる頃には再生数が10000を超えた。

 そこには、日本では有り得ない異世界の風景が映っている。街はずれの遺跡、ノスタルジックな原野、異国情緒あふれる街並み……。


 コメント欄には「本当に異世界?」「AIじゃね?」という疑問とともに「へぇー、異世界行ってみたい!」「異世界に行けるなら、絶対に行く!」という好意的なコメントも並んだ。

 それと同時に、京の連絡用ノートパソコンに大量のメールが届くようになった。悪ふざけのメールも少なからず届いたものの、動画の真偽を確めるものやどうしたら異世界へ行けるのかと問うメールが大半を占めた。

 全く寝ずの京は眠い目をこすりながら、届いたメールを一通一通確認していく。そして、とある一通のメールに目を止めた。


『こん。チャンネルのこん。です』と題された一通メール。

「こん。チャンネル」のことを京は知っている。チャンネル登録者100万人を超える人気旅行系YouTubeチャンネルだ。そして、そのチャンネルの主がこん。というYouTuberである。

 京ははやる気持ちを抑えつつ、今日何本飲んだのか分からないエナジードリンクを一口飲んで、そのメールを開く。


 そのメールの内容をまとめると、こういうことだった。

『あなたがYouTubeに投稿した動画にとても興味を抱いた。異世界なんてものが本当に存在するのか、そして本当に異世界へと行くことができるのか、自分の目で確かめたい。ついては、実際に異世界へと連れて行ってもらえないか。』


「こいつは……。掛かった……!」

 メールを確認した京はニヤリとして呟くと、すぐさま了解の旨を返信をする。

「亮、起きろ。仕事が入った」

 そして京は、隣でいびきをかきながら床で寝ている亮の身体を揺さぶって起こす。

「……ん……んぁ~……。ゴブリンがぁ……花束持ってやってくるぅ……」

 夢見心地の亮。どうやら、ゴブリンに求婚される夢を見ているようだ。

「おい、亮。起きろ」

 京はそう言うと、持っていたエナジードリンクを逆さまにして亮の顔にぶっ掛けた。

「…………ぬはっ! ガハッガハッ! おい、京。何しやがる!?」

 エナジードリンクを顔にぶっ掛けられた亮は飛び起き、額に血管を浮き出させて京に掴みかかる。

「亮、仕事だよ」

 亮に掴みかかられた京は全く動じることなく、亮にそう告げる。

「全く、お前ってヤツは……。人の惰眠をなんだと思ってるんだ……」

 亮はブツブツと文句を口にする。


 京は、これまでの経緯をざっと亮に説明した。

 亮は「これだからお前は……」と相も変わらず文句をブツブツと言いながらベッドから起き上がり、顔を洗いに部屋を出ていった。

「さぁて、ここからが本格的なスタートさ」

 そんな亮の様子を京は愉快そうに眺めながら、そう呟いて一つ伸びをする。


「京、起こすのはいい。だけど、エナジードリンクを顔にぶっ掛けるのは流石にやめろよ」

 部屋に戻ってきた亮が、また京に文句を言う。

「亮、そんなことより……」

 京はそれに取り合わず、冷静に声を出す。

「そんなことって……!」

 亮は怒るやら呆れるやら、よく分からない感情になる。

「もう少し動けるかい? これから服を買いに行くよ」

 京は亮の言葉に何も返さず、言葉を続ける。

「はぁっ!? 服……?」

 亮が訳が分からないというように、大きくため息をつく。

「人前に出る時は、見た目に気を使うものだよ。社会人として当たり前のことさ」

 そう言って、京は再び愉快そうに笑む。

「社会人……?」

 亮が不思議そうに、京の言葉を繰り返す。

「そう、僕たちはこれから社会人、ってことさ」

 京はそう言って立ち上がる。


 亮は「また何を言い出すのやら……」と小さく呟いて、また大きくため息をつくのだった。



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