第18話「ゴブリン軍団とリザードマン、赤誠の赫光臨」
工房の縁側で、
(この針なら、もっと細かくて、もっと強い想いを、布に宿せるかもしれない……)
そんな穏やかな創作への期待に満ちた時間を、玄関の方からのけたたましい声が破った。
「紡ちゃーん! 大ニュース! 大ニュースだよー!」
「見てこれ! 八王子隕石の、未発見の落下場所を示した古文書の写しなんだって! ネットオークションで、一ヶ月のお小遣い全部はたいて落札しちゃった!」
「……また、そういうものを」
「なんでも、空中で分離したうちの一つが浅川に落ちて、今でも川辺で『主』を待ってるらしいの! 石に呼ばれる人だけが見つけられるんだって! ロマンじゃない!?」
葵の燃え上がる探求心に、紡は呆れつつも、その情熱が少しだけ羨ましく、どこか楽しそうな表情で頷いた。
◇
午後の浅川の河川敷は、穏やかな空気に満ちていた。紡と祖父は、シートを広げてお茶を飲み、のどかなピクニック気分を味わっている。少し離れた場所で、葵が磁石を付けた長い棒を手に、川辺の石を一つ一つ、真剣な眼差しで調べていた。
「うーん、これじゃない……これも違う……石の声が聞こえない……」
「やれやれ。あのような与太話に、本気で付き合うとはのう。まあ、たまにはこうして陽の光を浴びるのも悪くはないが」
「……でも、葵は楽しそう」
紡が、友人のはしゃぐ姿を穏やかな顔で見守っていた、その時だった。空気が一変した。川のせせらぎが遠のき、ぞわり、とした悪寒が走り、周囲の音がすっと消える。
声が、響いた。
「――見つけたぞ、星の欠片。我の方が一足早かったようだな、織紡師」
声のした方を見ると、川の中に、禍々しい気を放つ鎧武者が立っていた。その手には、鈍く黒光りする拳大の石――隕鉄が握られている。
「あなたは……!」
「異形衆、四天王が一人、
「四天王か…!」
祖父が緊迫した声で呟く。赫は紡たちを一瞥すると、手の中の隕鉄を掲げた。
「隕鉄よ、古の盟約に従い、異界の門を開け!」
赫が唱えると、空間が悲鳴を上げて裂け、そこから硫黄の匂いと地獄のような熱風と共に、緑色の肌をした小鬼――ゴブリンたちが、わらわらと地上に降り立つ。
「餓鬼か? いや、河童にしては様子が……」
「ゴブリンだよ! ゲームでよく見る雑魚モンスター!」
祖父の分析を、葵がゲーム知識で上書きする。最後に、鱗に覆われた屈強な人型の怪物――リザードマンが一体、ゴブリンたちを率いるようにゲートから現れ、天に向かって咆哮を上げた。
これまでの「成仏」させるべき怪異とは明らかに違う、純粋な殺意と暴力性。紡は即座に戦闘態勢に入った。
「みんな、お願い!」
ありったけのぬいぐるみ(鎧武者、僧侶、夜行さんなど)を召喚して応戦する。しかし、敵のリザードマンが狡猾な指揮を執り、ゴブリンたちは物量で波状攻撃を仕掛けてくる。初めての本格的な「物理討伐戦」に、紡は苦戦を強いられた。
鎧武者がゴブリンを斬り払っても、すぐに別のゴブリンが背後から石を投げてくる。僧侶の結界も、リザードマンの硬い爪の一撃で、ガラスのように砕かれてしまった。
「紡ちゃん、後ろ!」
葵の悲鳴が飛ぶ。その間、赫はただ冷徹に戦いを見守り、紡の実力を値踏みしていた。
紡は必死にぬいぐるみの連携を駆使し、反撃の機会を窺う。
(ダメだ、数が多すぎる…! あのトカゲ…リザードマンが、ゴブリンたちを操っている。あいつを先に止めないと、キリがない…!)
紡は意を決し、一体のぬいぐるみに指示を出す。
「ゆっくりざむらい、お願い! あの司令塔を狙って!」
下げ坂で手に入れた、目標に向かって真っ直ぐ進む力を持つそれが、リザードマンめがけて一直線に回転しながら突撃する。リザードマンはそれを片手で叩き落とそうとするが、その一瞬の隙を、紡は見逃さなかった。
「今!」
リザードマンの注意が逸れた隙に、鎧武者がその懐に飛び込み、渾身の一太刀を浴びせる。ガキン、という硬い音を立て、リザードマンの鱗に浅い傷がついたが、致命傷には至らない。逆にリザードマンは激高し、その太い尻尾で鎧武者を薙ぎ払った。
必死の采配で、紡はついにゴブリン軍団を殲滅し、司令塔であるリザードマンを討ち取った。
赫は、その戦いぶりを見て、小さく頷く。
「なかなかの腕前だ。我が主君の計画の駒としては、使いでがありそうだ」
赫はそう呟くと、黒い炎となってどこかへ飛び去っていった。
倒されたモンスターの亡骸が、キラキラと光の粒子となって消え始める。それを見た紡は、咄嗟に手を伸ばした。
(この力、逃がすわけにはいかない…!)
これまでとは違う、物理的な存在からその本質を「略奪する」ような感覚で、紡は織紡師の力を振るった。受け取るのではなく、力ずくで引きずり出す、貪欲な意志。
布化は成功した。モンスターたちの魔力や生命力の残滓が、ゴツゴツとした爬虫類の鱗のような布と、粗末だが数の多い布へと変換される。
「……できた」
「すごい……!モンスターからも、布が作れるんだ!」
「物理的な存在からの布化……成仏とは全く違う、新たな力じゃな。だが、この力、使い方を誤れば…」
祖父の懸念をよそに、紡は新たな力を手に入れた高揚感に包まれていた。
◇
工房に戻った紡は、持ち帰った布を広げ、新たなぬいぐるみを縫い上げていく。
異世界の戦力を手に入れたことへの高揚感。しかしそれ以上に、異形衆という強大な敵とその圧倒的な力の前に、紡たちはこれまでにない緊張感と危機感を覚えるのだった。
やがて、狡猾な司令塔役の「リザードマン」と、物量作戦を得意とする大量の「ゴブリン」のぬいぐるみが、静かに完成していった。
***
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