第18話「ゴブリン軍団とリザードマン、赤誠の赫光臨」

 工房の縁側で、つむぎは楽市で手に入れた「砂磨き縫い針」を陽の光にかざし、その鋭い輝きにうっとりと見入っていた。これまでのどの針とも違う、まるで自らの意思で光を吸い込み、そして放っているかのような不思議な輝き。

(この針なら、もっと細かくて、もっと強い想いを、布に宿せるかもしれない……)

 そんな穏やかな創作への期待に満ちた時間を、玄関の方からのけたたましい声が破った。


「紡ちゃーん! 大ニュース! 大ニュースだよー!」


 あおいが、一枚の古地図のようなものを宝物のように抱え、工房に飛び込んできた。息が切れているのも構わず、興奮で目を輝かせている。


「見てこれ! 八王子隕石の、未発見の落下場所を示した古文書の写しなんだって! ネットオークションで、一ヶ月のお小遣い全部はたいて落札しちゃった!」


「……また、そういうものを」


「なんでも、空中で分離したうちの一つが浅川に落ちて、今でも川辺で『主』を待ってるらしいの! 石に呼ばれる人だけが見つけられるんだって! ロマンじゃない!?」


 葵の燃え上がる探求心に、紡は呆れつつも、その情熱が少しだけ羨ましく、どこか楽しそうな表情で頷いた。



 午後の浅川の河川敷は、穏やかな空気に満ちていた。紡と祖父は、シートを広げてお茶を飲み、のどかなピクニック気分を味わっている。少し離れた場所で、葵が磁石を付けた長い棒を手に、川辺の石を一つ一つ、真剣な眼差しで調べていた。


「うーん、これじゃない……これも違う……石の声が聞こえない……」


「やれやれ。あのような与太話に、本気で付き合うとはのう。まあ、たまにはこうして陽の光を浴びるのも悪くはないが」


「……でも、葵は楽しそう」


 紡が、友人のはしゃぐ姿を穏やかな顔で見守っていた、その時だった。空気が一変した。川のせせらぎが遠のき、ぞわり、とした悪寒が走り、周囲の音がすっと消える。


 声が、響いた。

「――見つけたぞ、星の欠片。我の方が一足早かったようだな、織紡師」


 声のした方を見ると、川の中に、禍々しい気を放つ鎧武者が立っていた。その手には、鈍く黒光りする拳大の石――隕鉄が握られている。


「あなたは……!」


「異形衆、四天王が一人、赤誠せきせいかく


「四天王か…!」


 祖父が緊迫した声で呟く。赫は紡たちを一瞥すると、手の中の隕鉄を掲げた。


「隕鉄よ、古の盟約に従い、異界の門を開け!」


 赫が唱えると、空間が悲鳴を上げて裂け、そこから硫黄の匂いと地獄のような熱風と共に、緑色の肌をした小鬼――ゴブリンたちが、わらわらと地上に降り立つ。


「餓鬼か? いや、河童にしては様子が……」


「ゴブリンだよ! ゲームでよく見る雑魚モンスター!」


 祖父の分析を、葵がゲーム知識で上書きする。最後に、鱗に覆われた屈強な人型の怪物――リザードマンが一体、ゴブリンたちを率いるようにゲートから現れ、天に向かって咆哮を上げた。


 これまでの「成仏」させるべき怪異とは明らかに違う、純粋な殺意と暴力性。紡は即座に戦闘態勢に入った。


「みんな、お願い!」


 ありったけのぬいぐるみ(鎧武者、僧侶、夜行さんなど)を召喚して応戦する。しかし、敵のリザードマンが狡猾な指揮を執り、ゴブリンたちは物量で波状攻撃を仕掛けてくる。初めての本格的な「物理討伐戦」に、紡は苦戦を強いられた。

 鎧武者がゴブリンを斬り払っても、すぐに別のゴブリンが背後から石を投げてくる。僧侶の結界も、リザードマンの硬い爪の一撃で、ガラスのように砕かれてしまった。


「紡ちゃん、後ろ!」


 葵の悲鳴が飛ぶ。その間、赫はただ冷徹に戦いを見守り、紡の実力を値踏みしていた。


 紡は必死にぬいぐるみの連携を駆使し、反撃の機会を窺う。

(ダメだ、数が多すぎる…! あのトカゲ…リザードマンが、ゴブリンたちを操っている。あいつを先に止めないと、キリがない…!)


 紡は意を決し、一体のぬいぐるみに指示を出す。


「ゆっくりざむらい、お願い! あの司令塔を狙って!」


 下げ坂で手に入れた、目標に向かって真っ直ぐ進む力を持つそれが、リザードマンめがけて一直線に回転しながら突撃する。リザードマンはそれを片手で叩き落とそうとするが、その一瞬の隙を、紡は見逃さなかった。


「今!」


 リザードマンの注意が逸れた隙に、鎧武者がその懐に飛び込み、渾身の一太刀を浴びせる。ガキン、という硬い音を立て、リザードマンの鱗に浅い傷がついたが、致命傷には至らない。逆にリザードマンは激高し、その太い尻尾で鎧武者を薙ぎ払った。

 必死の采配で、紡はついにゴブリン軍団を殲滅し、司令塔であるリザードマンを討ち取った。


 赫は、その戦いぶりを見て、小さく頷く。


「なかなかの腕前だ。我が主君の計画の駒としては、使いでがありそうだ」


 赫はそう呟くと、黒い炎となってどこかへ飛び去っていった。


 倒されたモンスターの亡骸が、キラキラと光の粒子となって消え始める。それを見た紡は、咄嗟に手を伸ばした。

(この力、逃がすわけにはいかない…!)

 これまでとは違う、物理的な存在からその本質を「略奪する」ような感覚で、紡は織紡師の力を振るった。受け取るのではなく、力ずくで引きずり出す、貪欲な意志。


 布化は成功した。モンスターたちの魔力や生命力の残滓が、ゴツゴツとした爬虫類の鱗のような布と、粗末だが数の多い布へと変換される。


「……できた」


「すごい……!モンスターからも、布が作れるんだ!」


「物理的な存在からの布化……成仏とは全く違う、新たな力じゃな。だが、この力、使い方を誤れば…」


 祖父の懸念をよそに、紡は新たな力を手に入れた高揚感に包まれていた。



 工房に戻った紡は、持ち帰った布を広げ、新たなぬいぐるみを縫い上げていく。

 異世界の戦力を手に入れたことへの高揚感。しかしそれ以上に、異形衆という強大な敵とその圧倒的な力の前に、紡たちはこれまでにない緊張感と危機感を覚えるのだった。

 やがて、狡猾な司令塔役の「リザードマン」と、物量作戦を得意とする大量の「ゴブリン」のぬいぐるみが、静かに完成していった。






***

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