第35話 金田という男

 俺の名前は金田 正彦。元食品会社に勤めていた52歳の中年の男である。

 二年前に勤めていた食品会社からリストラされ、無気力のまま何もせずにパチンコだの競馬だのして貯金を順調に食いつぶした。そして無一文になり闇金にまで手を出して金を返せる当てもなく、本当にどうしようもなくなった時、近所の本屋から金を盗むことにした。別に本に特別思い入れがあったわけではない。逆に思い入れが無いからこそ本屋を選んだのだろう。

 だがすぐに警察がやって来て俺を逮捕しようとした。パニックになった俺はこけた拍子に本棚に突っ込んだ。何をしている、逃げなくては逃げなくては……そう考えていると本屋に居た筈が、いつの間にか何処かの港にポツンと立っていた。

 一体何がどうなっているのか理解に苦しみ、怖くて一時隠れていたが、ここには人の気配がまるでしない。何だかそれが無性に淋しくなり、辺りをうろうろしたが本当に人っ子一人いないのである。試しに「うおおおおおお‼」とバカみたいに叫んでみたが叫んだ後には静寂しかなかった。

 人間関係なんて煩わしいだけだと思っていたが、いざ一人になってみると寂しくて仕方がない。誰か誰でも良いから人に会いたい。そう考えていると自分の後ろに気配を感じた。まるで突然現れたかのようなその気配にゾクッとしたが、反射的に振り向いてしまった。そして俺の後ろに居たのは、ハゲていてチビで黒いスウェットを着た中年太りの男、まさに俺であった。


「うぉ‼」


 ビックリして声をあげたが、もう一人の俺は微動だにせず直立してジーッとしているのみ。一体何がどうなってるんだ?俺は混乱していたが、今度は自分の隣に気配を感じ振り向いてみると、また俺が立っていた。


「うぉ‼」


 二回目の悲鳴を上げるが、隣の俺も無表情で前を見ているばかり、これで俺が二人になってしまったが、更にもう一人増えた時点で、コイツ等はどうやら俺が出現させていることが分かった。俺から分裂する様な形で出てきているのだ。最初は無意識の内に出てきていた様だが、俺が増えろと念じると俺の数も増えた。そして俺が命令するとコイツ等は命令通りに動いて、組体操の電柱やピラミッドも思いのままである。

 何も無い俺だったがこんな能力に目覚めて心が高揚した。これを使えば金儲けなんて簡単なんじゃないだろうか?そんな邪な考えすら浮かんだが、その時、俺以外の人間が俺の前に現れたのである。

 それは赤いジャージの女であった。 


「お前が金田だな。私の名前は宮本 迂闊だ」


 ビシッと名乗りを上げた宮本という女は、この世界が本の世界であり、俺が能力に目覚めたのも、この世界のおかげであるのだと言う。初めは少し疑わしいと思ったが、俺はもう変な能力に目覚めているので、非現実的なことに寛容になっており、宮本の言うことを信じることにした。

 宮本は俺を引き上げようとしてきたので、俺は現実世界に戻っても警察に捕まるだけだと思い引き上げを拒否、俺は俺の分身を大量に生み出し、物量でチェンソーの刀を振り回す宮本を撃退することに成功した。

 この世界は俺のモノだ。誰にもこの世界を奪わせはしない。

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