第29話 潜行する
「颯太さんは潜りますか?」
そう聞かれた時、僕はぶるりと震えました。正直に怖いと思ったのです。
また本の中に引き籠って、自分の都合の良い世界で生きる。そうなってしまうんじゃないかと怖くて仕方がありません。
「別に無理にって話じゃねぇぞ。来たくなければ来なくていい。さっきみたいにここで待機してろ」
何故かそう言ったのは迂闊さんで、いつものふざけた感じではなく、至って真面目だったので、本当に僕の意見を尊重してくれるということでしょうか?
行かないという選択肢を取るのが妥当ですよね。僕にはもう影壱号は出せないし、二人の足手まといになるぐらいなら……
けれども色々と行かない理由を並べて怖いものから逃げている自分が恥ずかしく感じました。
「ぼ、僕も連れて行ってください‼」
絞り出すようにそう言うと、迂闊さんがニッと笑い「そうこなくっちゃ♪」と楽しそうに笑いました。
そうして僕は迂闊さん、読子さんと異本の中に潜ることになりました。仲介屋さんに首輪を外してもらう時に「ご武運を」と言われたので、少しばかり勇気をもらいました。
「それじゃあ、私が一番槍だ‼」
ベッドの上に広げた異本に勢いよくダイブする迂闊さん。あまりに勢いがあり過ぎて、水しぶきの様なモノが飛びましたが、それに当たっても濡れたりはしません。
「全く相も変わらず騒がしい人ですね。それじゃあ私達も行きましょうか」
「えっ?一緒に行くんですか」
「それはそうです。私が一緒に行くように促したんだから、責任をもって颯太さんを守ります。ですから安心してくださいね」
女の子に、しかも実年齢で言うと僕より年下の人に守りますなんて言われて、実に情けない気分ですが、同時に読子さんのことを心強いと感じました。
「それでは手を握ります」
「えっ?」
僕の疑問符なんてお構いなしに、読子さんが右手で僕の右手を握りました。突然手を握られた肉体と精神が16歳の僕はドキドキを隠せません。
「あ、あのこれは?」
「潜る際にはぐれるといけないので、私が颯太さんを下までお連れします。これで説明は宜しいですか?」
「は、はい、宜しいです」
僕からしたら御褒美でしか無いのだけど、読子さんは何も意識した様子はなく、本当にただ僕の安全を考えての行動なので、妙な妄想を膨らませるのはやめようと思います。
「では、颯太さん。行きますよ」
僕が返事をする前に、読子さんは僕の手を優しく引っ張り、流れるように本の中に入って行きました。僕もその流れに乗って本の中にドボンと入って行きます。あれだけ怖かったのに、読子さんの手を握っていると潜ることに何の抵抗も無くなっていたのが不思議です。
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