サクラ、しゃべる

 今年も、桜が満開だった。


 おばあちゃんが入院して、「今年は桜が見られないねぇ」と寂しそうに言っていたのを思い出す。


「そうだ。細い枝の部分を切って、持っていこうっと」


 庭の桜は古くて立派な木だけど、今年は枝がだいぶ下の方まで伸びていて、手が届くくらいになっていた。

 花が可愛らしく咲いている、ちょうどいい細さの枝を見つける。


 私はポケットから園芸用のハサミを取り出し、そっと手を伸ばした――その時。


「いたたたたたっ! ちょ、なにすんねん!」


「え!?」


 突然の声にびっくりして、尻もちをついた。

 え、今の声……誰!?


「ちょ、ねえちゃん。いきなり枝切るのはないわ〜。せめて一言断るとかさ、そのへん筋通してもらわな」


 ……まさか、桜の木がしゃべってる?


 私は呆然と桜の木を見上げた。

 自分の頭がおかしくなったんじゃないかと、本気で思った。


「ちょっと〜。聞いてるやろ、ねぇちゃん。返事ぐらいせんかい!」


「あっ……はい、あの……すみません」


 ……思わず謝ってしまった。

 私、桜の木に説教されてる。


「まあな。俺が美しすぎるから、枝が欲しくなる気持ちもわかる。けど、事情ぐらい話してもらわんと、納得いかんねんな。話してみ?」


 あ、ちゃんと聞いてくれるんだ。


「あの……うちのおばあちゃんが、庭の桜が咲くのを毎年楽しみにしてて。でも今年は入院してて、見られないから……花がついた枝を、お見舞いに持っていこうかなって」


「あのばあさん、最近見かけへんと思ったら入院しとったんか。しゃーないな。人肌脱いだるわ。人ちゃうけどな!」


 桜の木は、がっはっはと豪快に笑った。


 ……なにこれ、私ほんとに桜の木と話してるの?


「よっしゃ、さっきの枝、切ってええで。丁寧にな?」


「……」


「さ、気が変わらんうちにはよ!」


「あ、はい……ありがとうございます」


 私は恐る恐る枝に手を伸ばし、ハサミを構える。

 できるだけ優しく切ろうと気を遣って――。


「ぎゃーーーー! いたいいいいい!!」


「え、ちょっ、ええー!?」


 すごい悲鳴が聞こえて、慌てて手を止めた。


「やめんなや! わいのことは気にせず、はよ切れ!」


「けど……」


「ええから、早よ!」


 ――えいっ!


 思い切って枝を切る。


「ぎゃあああああああ!!!」


 また木から断末魔のような悲鳴があがる。

 こっちは罪悪感でいっぱいだ。


 桜の木が、ぜぇぜぇと息をしている(ように見える)。


「あの……大丈夫ですか?」


「だ……だ……だいじょうぶでーーす! ……どっきり大成功☆」


 ……は?


「こんなん全然痛ないわっ! ねぇちゃん、まんまと騙されたな!」


 ゲラゲラ笑う桜の木。

 ……なんだこいつ。心配して損した。


「わいの枝、ばあさんに持ってってな。……ばあさんに、よろしゅう」


「う、うん。ありがとう」


 私は桜の木に深々とお辞儀をし、枝を大事に持って病院へ向かった。


「――ほんま、ばあさんそっくりやな。あのねぇちゃん」



「おばあちゃん、お見舞いに来たよ」


「まぁ! 来てくれたのね」


「庭の桜の枝、持ってきたよ」


「あら、ありがとう。桜の木……しゃべらなかったかしら?」


「え……?」


 おばあちゃんは、ふふふと笑った。


「私も昔、あの桜の枝を切ったときがあってね。そのときに木がしゃべったの。しかも、関西弁で」


「……おばあちゃんにも、しゃべったんだ。あの木」


「ええ。それからね、時々おしゃべりしてたのよ。

 ――そう、あなたにもしゃべったのね」


 おばあちゃんは、なんだか嬉しそうだった。


「退院したらさ、一緒に桜の木としゃべろうよ」


「あら、それは楽しみね」


「……けど、あの木、うるさいよね」


「そうね。うるさいわね」


 二人して、くすくすと笑い合った。


 花瓶に生けた桜の枝が、とても綺麗だった。



 けれど――その約束は叶わなかった。

 今年も、桜が満開だ。泣きたくなるくらい、綺麗だった。


 ……でも、あの桜の木は、もう何も喋らない。

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