第2話

妖精――

それは、美しい姿を持つ神秘の存在。

人々の物語に語り継がれ、精霊のように敬われ、夢の象徴ともされる。


だがその仮面の奥には、真実の姿がある。

無垢な子供を喰らい、生きながらえてきた――怪物の末裔だ。


彼らは、美しい伝承に身を潜め、人の心に忍び込む。

伝承に応じて姿を変え、術と力で人を惑わす。


けれど、妖精は無敵ではない。


妖精が恐れるものが三つある。

鉄はその肉体を裂き、火は焼き尽くし、灰はその目と認識を奪う。


かつて、真実を知った人々は“狩人”を生み出した。

美しき怪物に鉄と火と灰をもって対抗する者たち。

そして今も、彼女たちは闇に潜むものを狩り続けている。



その血を受け継ぐ一族――それが、グリムハート家だ。



◆ヴァレンティナ・グリムハート

グリムハート家の現当主にして、“妖精狩りの魔女”と恐れられる存在。

古の魔女の系譜を継ぐ彼女は、鉄の杖と火の魔術を操り、炎の嵐で数多の妖精を焼き尽くしてきた。

そして今夜もまた、闇の中で杖を振るう。



◆ソフィア・グリムハート

長女。剣術に優れた麗人であり、冷静な判断力と強靭な精神を併せ持つ。

彼女の手に握られる鉄の剣から逃れられる妖精はなく、その斬撃は跡形もなくすべてを断ち切る。

エラの傍で、彼女は静かに剣を研ぎ澄ます。



◆アリサ・グリムハート

次女。銃火器と機巧の扱いに長けた戦乙女。

小柄な体躯を活かし、自ら手がけた妖精殺しの銃器で、狙った獲物を決して逃さない。

母や姉の「古い」戦い方に反発しながらも、家族と少女を守るために、今日も引き金を整えていた。



グリムハートの女たちは、今も“美の皮を被った怪物”に鉄と火と灰を向けている。

決して――明日を与えないために。




あの日――


灰にまみれた森の奥で、運命はひとつ、結ばれた。


それは、エラがまだ物心もつかぬ頃のこと。

グリムハート家の三人は、偶然にも妖精の襲撃現場に居合わせた。


薄闇の中で、ひとりの男が幼子を抱きしめ、命を賭けて抵抗していた。

相手は、人間の皮を被った妖精。

その狙いは、男ではなく、その腕にいた少女――エラだった。


ヴァレンティナが杖を振るい、ソフィアが剣を突き立て、アリサの銃弾が心臓を撃ち抜いた。

妖精は火に包まれ、灰となって消えた。


沈黙のあと、男は苦しげに語った。


「……あれは、私が呼んだものだ」


かつて彼は、病に倒れかけた妻と、生まれくる娘を救うために――

妖精と契約を結んでしまったのだ。


代償は“未来”。

娘が18歳になる前に、命を差し出すという契約だった。


その娘が、エラ。


妻は数年後に亡くなり、契約の代償を求めて妖精が現れた。

だが彼は、娘を差し出せなかった。

せめて、娘だけは人間として生かしたかった。


「……どうか、この子を……守ってくれないか」


彼の願いに、ヴァレンティナは答えた。



それからの数年間、グリムハート家はエラを影から見守り続けた。

母のように、姉のように。

決して姿を明かさぬ“守り人”として。


やがて父親は決断する。


「君たちなら……あの子の家族になれる。だから、託したいんだ」


それが、ヴァレンティナとの“再婚”だった。

形だけの婚姻――けれど彼にとっては、命をかけた願いだった。


その後、男は病に倒れ、静かにこの世を去った。



それが、“意地悪な継母”の始まりだった。


エラの記憶には、戦いの記憶は残っていない。

ただ一つ、燃えるような夜に、自分を助けてくれた“王子様”の幻を心に残していた。


彼女は知らない――

その“王子様”は、実は鉄と炎の女たちだったことを。


そして、今も傍で彼女を守っていることを。



けれど、妖精に愛を嗅ぎ取られれば、全てが水泡に帰す。

だからこそ、ヴァレンティナたちは“仮面”を被った。


冷たく、厳しく、意地悪な“継母”という仮面を。


エラの魂に灰を塗り、匂いを消し、視線を欺き、

妖精の目に映らない“灰かぶり娘”として生かすために。



本当は、毎晩でも声をかけたかった。

けれど、それがあの子を殺すことになるのなら――


だから、ヴァレンティナは言うのだ。


「灰を被ってお行き。……それが、あの子を守る唯一の手段よ」



その日も、エラは冷たい石の床に膝をつき、薪を抱えていた。

だが彼女の頭には、誰かがそっと撒いた灰が積もっていた。


妖精に気づかれぬように。

そして、愛されていることを知らぬままでいるように。


“本当の魔法”が目を覚ます、その夜まで――

すべての運命が、再び動き出す夜まで。

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