第2話『明るい迷宮』
『春空色の猫を飼う───あるいは春眠暁を覚えず』
夢の中で白く霞んだ晴れた春の空に似た青い猫を拾って飼うことにした。以来、毎日のように猫の世話をする夢を見ている。夢うつつに私が寝惚け、つい現実と夢の境界が曖昧になってしまった時などは猫もこちらの世界に遊びに来ることがあるのだろうか。目覚めるとシーツに青い毛が落ちていることがある。
『明るい迷宮』
本来なら細く入り組んだ薄暗い筈の通路を緑色の明かりが照らし出している。消防法や建築基準法遵守の波がこんなところにまで押し寄せてきている。非常口、誘導灯設置などを守らなければ建物の使用許可も下りないらしい。迷宮で緑色の駆け出す人型のピクトグラムを見つめミノタウロスはタメ息をもらす。
『虹をすくう』
機械油の浮く凪いだ海を眺めていると油膜で動けず苦しむ水棲ニジの赤ん坊を見つけ網で掬い連れ帰った。油を拭い金魚鉢に入れると程なく元気になり暫く飼うことにした。時おり如雨露で水をかけると怖々顔を覗かせた後、水面へ小さな虹を架ける。すぐにここも手狭になる。海に帰す日を思うと少し寂しい。
『洗濯じわのついた脳ミソ』
服と一緒に草臥れた脳ミソを洗濯機に放り込み柔軟剤を多めに入れる。渦巻く水流の中で今日は何故かあの人のことばかり考えていた。洗濯終了の電子音に我に返ると近くに体の気配がない。あの人を探しに出たのだろうか。もう何処にもいないのに。脳波も届かないらしい。洗濯槽の底で私は干からびていく。
『今年一番寒い日』
年に一度か二度、一時的に強い冬型の気圧配置になることが妻にはある。心配ではあるが不用意に発した私の言葉が意図せず新たな寒気を呼び込むことも多く、こんな時は慌てず騒がず自然と寒さが緩むのを待つべきなのだろう。しかし妻の夜空に瞬くこの時期だけの星の並びが好きで、つい話しかけてしまう。
おまけ
『秘密の花園』
閉園間際の植物園は人もまばら。帰ろうと向かった出口の脇、立ち入り禁止のプレートが下がるドアが開いていた。誘われるまま扉をくぐれば、そこは淡い光に照らされた一面の花畑だった。甘い香りを放つ見慣れない花たちに私の胸は幸福感で満たされ、知らず駆け出していた。出口の前に倒れる私を残して。
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