第5話 空の告白。


「…………俺さ、白血病なんだ。だから、もう―――野球が続けられない」


 「え―――?」


 腕の中にいた空がバッと身を起こした。もともとクリッと大きい両目をそれ以上なく見開いて、真っ直ぐな瞳が俺を見つめる。


 その瞳の中に映る自分自身に、俺は話し始めた。


「…………長月蒼太は、白血病だ。だから、もう野球が続けられない。ずっとチームの皆で夏の全国大会出場に向けて練習を頑張って来たけど、大会には参加出来ない。ずっと子供の時から夢見てきた甲子園にも、立つことはない。…………何より、バッテリーを組んでいる水無月空の投げる最高にご機嫌な球を、受けることが出来なくなる。――――俺の夢は、何一つ叶うことは無く終わるんだ」


 話し終えると、瞳の中に映っていた俺は大きく揺らぎ、滲んで消えた。



「あっ…………。 あ、あの、長月先輩……わ…私、その……ご、ごめんなさい!」


 暫くして、空は震える声でそう言い、俺の腕の中から飛び出していった。そしてそのまま背を向け、オレンジ色に染まる景色の中を駆けて行ってしまった。


 「あっ………」


 俺はというと間抜けな声を上げ、その後ろ姿を見送ることくらいしか出来なかった。空によく似合っている真っ白なシャツと爽やかな青いチェック柄のスカート。その制服姿の彼女が、自分から遠ざかっていくのがヤケに寂しく映る。

 

 一方で、心の中はスッキリしていた。胸の中でシコリの様に蟠っていた何かが取れ、楽に呼吸が出来る様になった。


 ――――これで、俺の青春は終わったんだと、実感する。


 俺が、この橋の上を最後の場所に選んだのには理由がある。此処からは、野球場が良く見えるんだ。


 ちっくしょう………俺の青春が、涙で霞んで見えやしねぇ………。


 


 どれくらい、そうしていたんだろうな――俺。気が付いた時には辺りは真っ暗で、美しかった景色は街明かりへと替わっていた。そして背中に感じる、誰かの温もり。


「…………空?」


 振り向こうとする俺を、抱き付いている彼女は止めた。


「…………振り……向かないで下さい。私……きっと今、ヒドイ顔してます。そのままで……聞いてもらっていいですか?」


 俺も顔を見られたくなかったから、その提案を受け入れることにした。


「さっきは、居なくなったりしてゴメンなさい……直ぐには、受け入れられなかったです、先輩の話し……。今だって……受け入れてなんていないんです。けど……ちゃんと気持ちを伝えなきゃ……って思いました。


 私ね――悔しかったです。先輩と話しをしていて……悔しくなりました。私が女で家族に認めてもらえないから悔しいんじゃない、先輩が病気になったから悔しいんじゃないんです。そんな自分ではどうしようもない事情で、今を大切に出来ていないことに気が付いて、悔しくなりました。


 ねぇ先輩……今、一緒にいたいです。先輩と私の今を、一緒に過ごしていたいです。その今が、いつまで続くかなんて大した問題じゃない。その一つ一つを大切にしていけばいいんです。だから私と……大切な今を……生きませんか……?」


 震える声で、想いを伝えてくれた――空。話しを聞きながら………俺の目に映る景色は、また揺らぎながら消えていった。だから振り向いても、お前の言うヒドイ顔なんて見えないからな。


 「せ、先輩――こっちむいちゃ――!」


 空の声を、俺の唇が止めた。それ以上、何も言うな―――空。


「…………んっ…………ん、先輩」


 重なり合った唇が離れても、空はポ~っと俺を見つめ続けている。


「…………ありがとう、空。俺も、大切な今を――空と生きたい。今の自分を、大切にするよ。今までとこれからの自分じゃなくて、今の自分を大切にする」


 俺が想いを伝えると、空の顔に虹が掛かった。

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