第2話 背番号「1」
第27回 全国中学校 軟式野球大会地区予選〈決勝〉
海王第一学園中等部 対 佐倉西中学校
俺達―――佐倉西中学の対戦相手である海王第一学園は、過去に全国大会で何度も優勝した実績を誇る強豪校だ。それも強豪中の強豪!常勝をでっかく旗に掲げて、ここ十何年も地区大会では負け知らずの野球部だ。一方の佐倉西中学は、過去の成績は地区大会の三回戦すら勝ち進んだことがない並み以下の野球部。
そんな絶対王者である海王中野球部と、弱小チームである俺達、佐倉西中野球部が、地区大会とは言え決勝で対峙することになるなんて神様だって驚いたに違いない。
一回表――海王中の攻撃。
数球の投球練習の後、左のバッターボックスに立ったのは一番バッターの
一球目に選んだ球は、内角ギリギリに差し込まれるスライダー。右投げの空が投げるスライダーは、左バッターの葉月からすれば打ちにくい球の筈だ。
スパ―――ン!
俺の予想通り、葉月は球を避けるように外へとのけ反り一球目を見逃した。何せ空のスライダーのキレはエグイから、奴からすれば外から急に内臓を抉られる様な感覚に襲われたに違いない。
これでワンストライク。
続く二球目も同じ球を放ってやれ、空。すると今度は、チン――!と乾いた音が響く。
おいおい、流石は強豪校で一番バッターを務めるだけありやがる。葉月の奴、たった二球で空のスライダーに反応しやがったよ。だが、これでツーストライクだ。勿論三球目は、この球に決まりだよな―――空?
スパッ――――ァッン!!
渾身のストレートが内角の低めスレスレを捉え、葉月のバットが空を切った。スライダーのスピードに目が慣れ始めていた葉月が、このスピードに乗ったストレートに反応しきれる筈がない。
野郎ぉう……三球三振だったくせに、空に向かってヒュ~♪とか、口笛を吹いてんじゃねえよ。そんな余裕をぶっこいていられるのも、今だけだぜ海王中さんよ。
………ほら、みてみなよ。
その後に続いた二番バッターと三番バッターも立て続けに三球三振に打ち取ってやった俺達に、満員御礼の球場からドヨメキが沸き上がった。
「ナイスピッチ―――水無月!」
守備から戻ってきた仲間達が、誇らし気に輝いている背番号「1」にエールを送っている。それに笑顔で応える、空。
「おい――空。今日は、今までで最高の立ち上がりだな」
俺も見習って声を掛けると、ショートカットの髪と健康的に焼けた肌がやけに眩しい俺の相棒――水無月空が帽子を脱ぎざまに振り向いた。
「はい――長月先輩。今日は……その、家族が見ているので」
「ああ……そうだよな。なんだ空―――柄にもなく緊張しているのか?」
その言葉を受け取った空が、ペロリと可愛い舌を覗かせる。
「べー!先輩ベー!柄にもなくって何ですか。これでも私、か弱い女の子なんですよ!」
その可愛らしい仕草に肩を竦めると、何が気に入らなかったのか、空はそっぽを向いてしまった。
ああ、そんなこと………十分に分かってるよ空。
――――さあ、攻守交替の時間だ。
⚾️ ⚾️ ⚾️ ⚾️ ⚾️ ⚾️
――― 二カ月前 ―――
「「もしかして――――この橋から、飛び降りようとか考えてます?」」
―――重なり合った声と声。その時になって、初めて俺達はお互いの顔を覗き合った。
「…………また、親父さんに何か言われたのか?」
その問いに、彼女―――水無月空は暫くの間、何も答えようとしなかった。
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