二匹の神使な妖獣からの愛が止まない
麻井めぐみ
第1話 二匹の妖獣
その娘は400年ぶりの稲荷神の子として誕生した。
禁忌によって生まれたその稲荷姫は九本の尻尾を持つ
~惺音~
それはあまりにも突然だった。
16歳の誕生日を目前にした3月。
4月からは高校生活が待っていて、あたしは春からの高校生活に思いを馳せているところだった。
あたしの世話係である
「もう一度言って」
「ですから、
「あたしの新しい従者?」
あたしは蓮麻に繰り返し言われた言葉に、ソファに肘をついたまま、眉をひそめた。
れっきとした妖の生まれ、というか高貴な血筋の九尾狐。
それでも3歳から人間の世界で暮らしているあたしには、ずっと世話役として蓮麻がそばにいた。
まあそばに、と言っても常にそばにいたわけではない。
1か月に何回かあたしのところにやってきて、あたしの用事を聞いてはそれを果たす。
それが蓮麻の役目。
常駐はしてないけど執事みたいなものかな。
屋敷には常にお抱えのメイドやコックなんかがいるから蓮麻が常にそばにいなくても生活には困らない。
訳あって親にも会えないあたしは一人で育ってきたようなもの。
それが突然、従者を作れって…?
「訳は?」
「惺音様はもうすぐ16歳になるお歳。16といえば妖の世界ではもう立派な大人。加えて4月からは高校生と相成りましょう。
手馴れた口調でそう言った蓮麻はあたしのことをじっと見た。
そう…あたしは神様の子。
400年ぶりの稲荷神の子としてこの世に生を受けた。
「その役目、蓮麻じゃダメなの?」
あたしは新しい従者の話にまだ納得がいかず食い下がる。
「何をおっしゃいますか。私はれっきとしたお母上の神使。そちらの務めがございます。惺音様にはこれから神使とも言える従者をつけてもらいたいのです」
「だってあたし人見知りだもん。今更新しい人を供につけるなんて無理」
「わがままをおっしゃらないで下さい」
蓮麻が困ったようにあたしに言う。
あたしは昔から蓮麻を困らせてばかりだ。
だけどそれもつかの間、蓮麻は鼻を高くしてちょっと誇らしげにびっくりすることを言った。
「この蓮麻、惺音様に反対されることを見越し、もうすでに新しい従者となる者を見つけ、この屋敷に連れて来ております」
「はあ!?」
あたしは思わず大声を出す。
それから蓮麻は手を叩いて、「入ってきなさい」と部屋の外に声をかけた。
そこに入ってきたのは――。
「どんだけ待たせるんだよ」
「待ちくたびれちゃったよーん」
2人の、美麗な若い男だった…。
「こら、惺音様の前でもっと弁えて話しなさい」
蓮麻に怒られても気にしない態度の2人。
な、なんなのこいつら…。
ただでさえ人見知りで新しい人なんて嫌なのに、同年代の男…?
何考えてるの蓮麻…。
だけど蓮麻はあたしの考えを見通したみたいに説明しだした。
「これから長い長い人生を一緒にすることになるので、先立たれないよう同年代を選びました。2人とも惺音様と同い年ですよ」
同い年…。
あたしは2人の顔をまじまじと見る。
あたしのことを真顔でまっすぐ見ている黒髪の男と、チャラチャラしてる軽そうな茶髪の男。
2人ともかなり背が高い。
蓮麻が2人をあたしに紹介した。
まずはあたしのことをまっすぐ見ている男を指す。
「こちらのきつい目つきをしている男は、私の息子でございます。妖種は
蓮麻の息子…。
なるほど、言われてみれば意思の強そうな目が蓮麻にそっくり。
体つきもしっかりしていて、いかにも頼れそうな…。
あたしをまっすぐ見つめる目に、なんだかあたしの感情が動いた。
懐かしいような、恋しいような、変な感覚…。
あたしが不思議な思いを抱いていたら、その男はあたしのところにまっすぐ歩いてきた。
そして、あたしの前でひざまずいて、あたしを見つめたまま、口を開く。
「俺…
「白牙煌…」
「ああ、七歳を祝う祭りのときに…」
七歳のお祭り。
それは、滅多に会えない母親と最後に会った日だ…。
あたしは遠い記憶を呼び起こす。
*
「エーーーン!」
その時のあたしは大泣きしてた。
お祭りに連れて来てくれた蓮麻はなだめるようにあたしの背中をさする。
「どうされました、惺音様」
「次はっ、お母さんにいつ会えるの…っ?」
「それは…分かりません」
「やだよーーー」
その日のお祭りでほんの少しだけ会ったお母さん。
太陽のように美しい女神様だった。
お母さんに会えてあんなに嬉しかったのに。
「どうしてっ、あたしだけお母さんに会えないの…っ? 幼稚園のみんなは一緒に住んでるよ…」
蓮麻はあたしに目線を合わせて切なそうな目で、だけど厳しくこう言った。
「いいですか、惺音様。神々の世界は決まりが多いのです。お母上のような高位の神とは、たとえ親子であっても滅多に目通りが許されません。今日の目通りが許されたのは特別です。惺音様は特別な方のお子なのです」
難しい言葉を言う蓮麻。
あたしは分からなかったけど、とにかくお母さんにはもう会えないという絶望を感じた。
そこに、蓮麻の息子がやってきて。
「もう泣くな」
そう言ってあたしの目元の涙を強引に拭った。
だけどそれは逆効果。
「じゃああんたがお母さんを連れてきてよーーーっ」
あたしは全力でさらに大泣きした。
途端におろおろし出した彼。
「お母さんは出せないけど…これなら…」
そう言って、あたしの前に妖力でホタルを出してくれて…。
「わあ…!」
あたしはそれを見て笑顔になった。
そして、あたしの笑顔を見て、彼も笑顔になった。
*
そうだ、忘れていた遠い記憶…。
あたしはこの人に会ったことがある。
「思い出した」
あたしがそう言うと、さっきまでの真顔とは裏腹、嬉しそうな笑顔に変わった。
その笑顔になんだか一瞬ときめいてしまう胸にあたしはびっくりした。
「やっとそばに来れた」
煌があたしにそう言った。
その意味があたしには分からなくて。
だけどあたしをこれから守っていこうとする意志を感じて、あたしは癪なことではあるけれども、なんだか嬉しくなった。
蓮麻が、次に隣の男を指してあたしに紹介した。
「このチャラチャラした男は、あっちの世界で猫狩りをしてフラフラしてた男なのですが、よく見たら、
猫狩りというのはナンパみたいなものね。
猫には良い女が多いから、猫娘をたぶらかしてたんだと思う。
それにしても、鸞か…。
伝説の鳥と言われている鸞。
本当にいると思わなかった。
だけど、鸞と言えば高貴な血筋。
なんでそんな男が妖の世界でフラフラと…?
鸞があたしにぺこっとお辞儀をした。
「
「な、なに言ってんの…」
あたしは青蘭の突然の発言にドギマギする。
見た目だけじゃなくて、やっぱりチャラい…。
「来たくて来たわけじゃないって言ってたけど…じゃあなんで来たのよ」
あたしは強気に言い返した。
青蘭は頭を掻く。
「ん~、妖の世界も飽きてきたけど人間界で生活するお金もないし~。ここにいたら食いっぱぐれなさそうだし~」
「人間の世界で生活する金って…。じゃあ親はいないの? こっちの世界も初めてってこと?」
「俺は
「そうだったの…」
なんであたしがこんなに驚いているのか。
妖の中でも、あたしたちのように強い力を持つ高級の妖は、小さいときから人間の世界で暮らし、人間と同じ年月だけ学校に通うのが当たり前。
人間の世界で生活するための資金は、代々の土地や財産でどうにかなる。
蓮麻だって不動産王に近いくらい有り余る土地を持っているから、あたしは蓮麻のそれで養われている。
青蘭みたいな妖がいるなんて考えたこともなかった…。
「にしても、惺音ちゃんって本当に九尾狐なんだね。初めて見た」
青蘭があたしの九尾を見て軽くそう言う。
「父親は
神使――それは神の使い。
神様には基本的に二匹の神使と呼ばれる神の使いがいる。
稲荷神の神使は、ほら、稲荷神社とかでよく見ると思うけど、狐なの。
ちなみに、母親の神使のうちの一人が蓮麻。
だからあたしのことを小さいときから面倒見てくれてたってわけ。
青蘭が言うと、蓮麻が「コラッ」と気まずそうに男を制した。
あたしは苦笑する。
「いいよ、蓮麻。別に隠してることじゃないし」
「申し訳ありません…」
あたしは目の前の青蘭を見る。
「そう、稲荷神とその神使が禁断の恋に落ちて生まれたのがあたし。なかなかハードでしょ?」
そう言って笑う。
神と神使の恋は重大な禁忌なんだ。
「じゃあ…お父さんは今どうしてるの?」
「知らない。父親は神使契約を解除されて神々の世界から追放。今は行方知れず」
「ふーん。母親の稲荷神は罰されないのに地位の低い神使ばかり罰されるなんて理不尽な話だね」
それは…その通り。
あたしは曖昧にうなずいた。
「ま、とにかくよろしくね、惺音ちゃん」
そう言って青蘭は座ったままのあたしに手を差し出した。
あたしは渋々それを握った。
「お前たち、惺音様にあまりにも無礼だぞ。態度を改めなさい」
蓮麻が改めて2人を叱った。
だけどあたしはそれを制す。
「いや、いい。この方があたしもやりやすい。もう背に腹は代えられないって分かったから…あたしはこの
あたしがそう言うと、蓮麻は安堵の表情になった。
それから、厳しい表情に戻して2人に言う。
「惺音様は、まだお若く、力も強すぎる。うまく制御できない分、無理をすればすぐに体を壊してしまう。2人が出来るだけ惺音様をお守りし、支えるのだぞ」
その言葉に、恭しく2人はうなずいた。
それを満足げに見た蓮麻はあたしの方を振り返った。
「それでは惺音様。惺音様は厳密には神ではないので、神使契約とはなりませんが…神使契約に同等の従者の契りをこの者たちと結んでください」
あたしはその言葉にうなずいて立ち上がった。
それから、大きく息を吸って、胸に手を当てる。
息を吸いながら、口元に手をやって、あたしの妖力の源である狐玉を取り出した。
全員じっとあたしのことを見ている。
普通の妖狐のそれよりも大きい狐玉は、赤い炎をまとっている。
あたしはまず煌の前に行き、煌の手を取った。
狐玉にあたしの妖力を送り込む。
赤い炎が気体となって狐玉からあふれ出る。
「吸って」
その言葉に、煌はその気体を一気に吸い込んだ。
すると、たちまちあたしと煌の左手の中指に稲穂が円形になったような紋章が刻み込まれた。
これが、従者の契りを結んだ証。
「これからよろしく、煌」
煌はあたしの言葉に、再びひざまずいた。
それから青蘭にも同じことをする。
青蘭の左手の中指にも同じ紋章が刻み込まれて。
不思議そうな顔をした青蘭にも、あたしは「これからよろしく」と声をかけた。
こうして、あたしたち3人の波乱万丈な主従契約が始まったのだった――。
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