第2話 ご案内
24:18
トランクの中身を見て、ルドルフは驚愕した。生きた人間がそのまま入っていたのだから。
(誘拐……いやこの格好は……人身売買か)
とにかく状況が呑み込めない。明らかに『上流階級のお嬢様』といった服装……ピンク色のフリルやリボンが惜し気もなくあしらわれたドレスに、同系色のヘッドドレス。どう考えても普通の子どもじゃない。そして、そんな子どもが真夜中の港湾区の倉庫裏でトランクケースで――眠っている。……もはや異常だ。
可笑しな事件には今まで幾度と関わってきた。だが、これは群を抜いて奇妙だった。
……だが、はっと我に返る。
「何してんだオレは。まず呼吸、いや脈だけでも確認を……」
手首に触れて脈を探ろうとしたその時だった。
無事を確認しようとすると、少女が目を覚ました。
ゆっくりと目を開き、両手をついて上体を起こす。気配に気付いたのか、ルドルフが己の手首を握っていることに気付き、声をあげる。
「あなた、誰よ?気安く触らないでちょうだい!」
その声の調子と口調にもルドルフは驚いたが、真に驚愕したのは、その直後だった。
布地の広い厚手の衣装に隠れて見落としていたが、彼女の肌、関節。そのすべてが人間のものではなかった。
――少女は、人形だったのだ。
24:21
ルドルフの「おさわり」に酷く憤慨したらしい少女は彼を無視して歩きだしてしまう。弐拾四番倉庫を抜け、真夜中の港湾エリアを抜け、まるで迷いのない足取りで旅客用駐車場へと進んで行った。
「おいっ……ちょっと待て!」
ルドルフは慌ててトランクを抱えて少女の後を追う。
「なあ、お前が依頼人なのか?」
「……」
「なんであそこでトランクの中に居たんだよ?」
「……」
「……聞いてんのか?」
「……ふんっ」
質問攻めに更に怒ったらしく、少女はプイっと顔を背けてしまった。
ルドルフは、肩をすくめて溜息をつく。
(ダメだこりゃ。こういうタイプには、下手に追い打ちかけても逆効果だ)
ルドルフはこれ以上話しかけてもダメだと判断し、黙って車に向かって歩くことにした。
24:37
後部座席にトランクを積み込み、少女に助手席へ乗るよう促す。どうやら暫く歩いて多少は機嫌が治ったらしい。〈
「これはお前が送ったのか?」
「……しらないわ。てゆうかわたし、覚えてないの。」
「覚えてないって、依頼のことか?」
少女は悲しそうに首を振った。
「そのメッセージのことも、自分がなんなのかも、何も、わからないの」
ルドルフは少女の心中を察し、少し口調を和らげる。
「じゃあ、このトランクの中に依頼の詳細が入っているのか?」
「……わかんないけど、たぶん」
小さな返事を受けて、ルドルフは後部座席に目を向け、再びトランクを開けた。
よく中を探ると、底が二重構造になっているのに気付く。慎重に仕切りを外すと、少女の私物と思われる服や雑貨の下に、一枚の『依頼書』が埋もれていた。
メッセージを受け取った貴方へ
ぶしつけな前置きで申し訳ないが、私は貴方を知らない。だが、きっと貴方は私の願いを叶えてくれると信じている。
まず、この箱に入った人形〈ヴェロニカ〉は、私にとって娘のような存在だ。
彼女は、貴方と出会ったときにはじめて起動するように設計されている。どうか、依頼の遂行に役立ててほしい。
単刀直入に申し上げる。
貴方には、とある古代遺物の捜査を依頼したい。
遺物は全部で7つ。いずれも世界にひとつしか存在しない、唯一無二のものだ。
ただし、容量の制限により詳細をこの手紙に記すことができなかった。
詳しくは、アイリア共和国の「ベンバー」という男が所有している〈匣〉の中身を確認してほしい。報酬もその中に同封されている。
以上が――××××××――どうか――××××くれ。
L・T
「これは……」
依頼内容と最後の乱れた文章を再度確認し、ルドルフは少し、いやかなり考え込んでからようやく言葉を発した。
「……お前、本当に依頼のことは何も知らないんだよな?」
〈ヴェロニカ〉――書面ではそう記されていた少女は、困惑した面持ちで小さくうなずいた。
しばしの沈黙。だが、次の瞬間
「……もうなんでもいいわ。古代遺物だろうがなんだろうが探してやるわ!」
「おい、急にどうした?」
「だって、高貴なわたしを道具のように扱うんだもの。一回会って吠え面かかせたやりたいわ。あなただって、良い様に使われちゃあたまったもんじゃないでしょう?」
「確かにそうだが一旦落ち着け!」
ヒートアップするヴェロニカを窘め、一度家路につくことにする。
案内書にあった『ヴェロニカを作った』旨の記述に引っ掛かりを覚えながらも、2人は来た道をゆっくり戻って行く。
(古代遺物の捜索か……面倒なことにならないといいが)
それはただの依頼ではない、もっと厄介な何かの始まりかもしれなかった。
車は、深夜の首都を静かに走り出す。
24:58
しばしの間、ヴェロニカにせがまれて深夜帯のラジオ番組でニュースを聞いていた。
――魔法と化学の融合によって興った〈魔導科学〉。第三次技術革命からもうすぐ100年が経過しようとしており、テムズ財団によるイベントの開催が昨日発表されました。ここ首都でもウレヌス総合大学をはじめとした学術機関が記念祭に向けて様々な催しを企画しているそうです。
――王政復権をうたう「アイリア平和党」党首のザッカーバーグ氏が18日の会見後SNSに呟いた「反移民政策を推し進める」旨の発言に、東方系住民からは怒りの声が挙がっています。
――《天地革命教団》が起こした未成年者の連続誘拐事件からもうすぐ三年。当時事件に関わっていた捜査関係者の秘蔵インタビューがついに、明日の午後17時よりフレイムTⅤで公開されます。
――先週火曜日にロイス帝国イビー州で起こった反政府勢力〈明星の翼〉によるテロ事件で男女合わせて58人が一斉検挙され、現地では未だ混乱が続いています。
――6月18日に活動開始から1周年を迎える人気アイドル・『メリッサ』さんが、全世界同時配信の記念ライブの開催を発表し、界隈では大きな盛り上がりを見せています。『メリッサ』さんは昨年12月の年末配信で、世界最多の同時接続数を記録しており、今回のライブにも期待の声が上がっています。
(特に目ぼしいものはないか。……当たり前だ。
沈黙のなか、ハンドルに添えた彼の指先がわずかに動いた。
思案する姿はまさに裏社会の男そのもの。〈解決組合〉の所長は賢く、狡猾なのだ。
01:13
丁度六区を通り過ぎようとしたとき、ヴェロニカが声をあげた。
「ねえ、あそこ見て!誰か手を振ってる!」
街道の左側を見てみると、バス停付近に16、7歳ほどの少年が立っている。こちらの姿を確認し、必死に両手をぶんぶん振っている。路肩に車を停めると大きなスーツケースを抱えて駆け寄って来た。
「あの~ぼく、終電逃しちゃって……お代は払うので10区まで乗せてくださいっ!」
勢いよく腰を90度に折って頭を下げる。肩までのびたアッシュブロンドがバサッと顔の前にかかって乱れた。
ルドルフは少年の特徴的な恰好に既視感を覚えた。青いリボンタイを巻いた首元、白いフリルシャツ、丈の長い黒コート。所謂、地雷系ファッション。
「……なあ、お前……クローディアだよな?」
「……え?…………あああああっ!所長!?」
(知り合いかしら?やけに親しそうというか軽快というか……本当にだれなの?……ずいぶん若いけれど)
会話が弾む二人についていけないヴェロニカがすこし苛立たしそうに尋ねた。
「ちょっとルドルフ!この子誰なの?わたしにも紹介しなさいよ!」
そこでようやく『クローディア』と呼ばれた人物はヴェロニカの存在に気付いたらしく、彼女の方に向き合い片膝をついて目線を合わせた。
「こんばんは。依頼人の人かな?ぼくはクローディア・シャンナ。〈解決組合〉で助手として働いているんだ。よろしくね!」
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