箱庭のリベリオン

かne

序章 開かずの匣のアリス

第1話 大いなる始まり-SisdeR-

 1789年、私はミクサスの地で女神の天啓を受けた。

 覚えている限りではあるが、この世界の真実と女神の福音についてここに記そう。


 『預言書』より一部抜粋。




 光明歴1896年、5月24日。

 

 21:25

 

 〈解決組合ルーゾン・ギルド〉所長・ルドルフ・ケルナーの夜は遅い。

 アイリア共和国首都・旧市街に小さな事務所を構える彼は、依頼があればいつでもどこでも駆けつける。己の『流儀』はどこまでも譲らないが、同じくらい依頼人の心も大切にしている。


 人探し、ひったくりの追跡、危険な運びなどおよそあらゆる事件の〈解決〉を生業としている、いわゆる『何でも屋』だ。

 ただし、請ける依頼は大抵公にできないような後ろ暗いものばかり。限りなく黒に近い、非合法すれすれのグレーな稼業だ。


 今日は8区で150年前の民主革命を題材にした新作映画を観た。


(よくもまあ一世紀半でここまで国を発展させたものだ)


 感想を反芻させながら劇場を後にする。10区のスーパーマーケットで日用品を買って一度事務所に戻り、荷物を置いてすぐ街へ繰り出した。

 昼間は行かなかった街区へ足をのばし、いつもの夜回りを開始する。


『――人の闇は必ずしも暗い所にあらず、また光も明るいところにあらず』


 師の言葉が頭の中で思い返される。この仕事を始めてからようやくこの言葉の意味を理解した。犯罪は白昼堂々と行われ、一見無法地帯に思える裏社会にも一定の秩序が存在した。

 自分のような落ちぶれた人間の拠り所で在りたいと思い、始めた仕事だった。最近は新しく助手を雇ったり、街の人にもそれなりに顔が知れてきた。どうなじられようが、この仕事を最期まで全うしたいとさえ、今は思っている。


 そんな男を、煌々と輝く月と都心部特有のビル明かりが包んだ。彼とは決して関わることのない人々の営みが、知らず知らずの内に闇に身を投じた男の足元を優しく照らしている。

 

 ルドルフは青みがかり、年期の入ったライダースジャケットを羽織っているが、残念ながらバイクは持っていない。彼なりの全力で夜の雑踏に紛れているのだ。

 遊び呆ける若者に混じり街や人を、車や店を観察する。わずかな空気感の違いも、感情の揺らぎも、違和感のある音も逃さない。そうした違和感を追いかければおのずと事件やトラブルに巡り合えるのだ。


23:35


 首都内を2時間半ほどかけて街を回り、何も収穫がなさそうだと少し気落ちしながら帰途につく。4区のバス停前でふと手元の携帯端末〈SiReaシアー〉を見ると時刻はすでに22時を回っていた。

 

「いい加減帰らねえとな」

 

 時刻表を見て、もうバスが来ないとわかる。ベンチで寝るわけにもいかず、足早に旧市街ホームに向けて歩き出した。


 時間にうるさい大家と鉢合わせないように雑居ビルの階段を上がっていく。大家が経営する一階のブティック、無口な男が院長を務める二階の歯科医院を横目に三階まで上る。「解決組合ルーゾン・ギルド 首都本部」と書かれた比較的新しいドアプレートを確認して中に入った。明日も通常業務の予定なので、ユニットバスで軽くシャワーを浴びてから奥の部屋で就寝の準備にとりかかろうとした。


 その時だった。

 

 ジリリリリっ、ジリリリリっ、ジリリリリリリリリリリ……


 「っ…!なんだっ」

 

 緊急呼び出しを知らせるアラートが机上の〈SiReaシアー〉から鳴り響いた。時刻は23時半。普段は冷静なルドルフもさすがに驚いたようで、距離も大したことないのに慌ててベッドのサイドテーブルへ駆け寄る。アラートを止めて依頼内容を確認すると、こうあった。



 このメッセージを受け取った方へ。××××を紛失してしまいました……港湾区の二四番倉庫の裏で待っています。どうか助けてください。


 ルドルフは可能性を3つに絞った。


 ① 誘拐・監禁されて助けを求めている

 ② 解決組合オレたちに恨みがある者のイタズラ

 ③ 本当に何かをなくして困っている


 「常に最悪を想定して、だな」

 

 即座に方針を固め、単身港湾区へ乗り込む準備を始めた。


 23:47

 

 護身用のナイフ、拳銃、助手が特別に改造した〈SiReaシアー〉を防弾チョッキとジャケットの間に忍ばせ、ビル横に停めている愛車に乗り込み、後部座席に置いた救護セットを確認する。エンジンをかけながら助手席に置いたノートパソコンでメッセージの発信源を探知する。

 

旧市街ここから港湾区へは最短距離を通って30分。いや、今は交通量も少ないからもう少し早く着くか。とにかく早く位置を突き止めて依頼人の所まで行かねえと。)

 

 黒いミニバンを走らせながら様々な思考を巡らせた。

 

 

 24:03

 

 首都第9区港湾エリア。一般道と繋がる旅客用駐車場に車を停め、東側の倉庫エリアへ足を向けた。


 彼が手にしているのは、多機能携帯端末〈SiReaシアー〉。昨年、技術連盟が開発し一般販売が始まったもので、標準仕様でも情報端末として十分高性能だが、ルドルフのものはさらに特殊だ。助手がソフトを追加し、各種機能を改造した『特製版』で、今はその中のサーチ機能を起動し、周囲の警戒に使っていた。

「弐拾四」の表示がある東方系の会社が所持しているらしい大型倉庫の裏をそっと伺う。

 真夜中の冷たい空気にあてられ、一瞬だけ熱いサウナに入る自分を想像してしまう。煩悩を打ち払うようにさらに奥に目をこらすが、やはり何もない殺風景なコンクリートの地面が広がっているだけだ。

 

「……妙に静かだな。普段は警備員がいるはずだが」

 

 こういうときのルドルフの予感はほとんど外れたことが無い。今回は何か、厄介な匂いがするのだ。人の気配がないのを感じ、改めて倉庫の裏を見渡してみる。

 丁度南海に面した場所のため、月の白光で周囲がよく見えた。積みあがったコンテナ、燃料が入ったドラム缶、消波ブロックに水が当たる音。

いくら感覚を澄ましてもそれ以外には特に変わったものはない。

 

「やっぱりイタズラだったのか……?」

 

 しかし先ほどからする嫌な感じはまだぬぐい切れない。倉庫に背を向け少し考え込んでいると、ピロンッと〈SiReaシアー〉から軽快な音が鳴った。〈SiReaシアー〉の画面には、先ほど探知をかけたメッセージの発信源を示した位置情報がマップ上に現れている。画面を拡大し見てみると、自分のすぐ後ろを表示していた。

 

 「なっ……!」

 

 驚いて振り返ると、真後ろに大きな革張りのトランクケースが現れていた。



 

 (……全く気付かなかった。何者かがオレの背後にこっそり置いたのか?いや、ありえないだろう。トランクとさほど距離は離れていないし、第一かなり大きいし重そうだ。音を立てずにコンクリートの床に置くなんて不可能に近い。となると、転移系の魔法か。それもかなり高度な。)


 一通り考えをまとめ、改めてトランクケースをよく観察する。アンティーク調でかなり旧い造りだが傷一つなく、最近作られたものだと一目でわかる。ベージュの人工革、金色の金具。運ぶためと取っ手もある。角は補強用だろうか、コルク色の革で覆われている。


 毒物や爆発物が入っている可能性を考慮して〈SiReaシアー〉のサーチにかざして安全を確認する。ロゴがない面を下にして置き、ゆっくりと金具を外し、ケースを開けた。

 

「なっ……これは」


 中では、七歳ほどの少女が眠っていた。

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