『カフェ・ケ・サラ』 ~あなたのお話買い取ります~
鈴寺杏
第1話 プロローグ
ウルクという国にある自然に囲まれた町ルバンダ。現在急ピッチで拡張工事が行われているこの町には、最近新しい店がオープンした。
名前を『カフェ・ケ・サラ』といい、飲み物と共にちょっとした食事も提供するという一見すると食堂の様な店だ。
しかしながら実際に店に入ってみると食堂とは違うことがすぐに理解できる。
食堂ではあまり見かけない焼き菓子なども提供しているし、なにより静かで落ち着いた雰囲気なのである。食堂特有の荒っぽさや、喧騒などとはまるで無縁。
そんなカフェ・ケ・サラは、癒しを求める人たちによって少しずつ空席が目立たなくなってきたところだ。
店内の造りは独特。
入ってすぐにカウンターがあり、まずはそこで注文をする形式となっている。絵と文字で表現された飲み物や食べ物と共に、木とガラスで作られたケースの中ではきれいに飾られた焼き菓子などが並んでいて、その中から好みの物を注文するのだ。
その後、木で出来た番号札を受け取り空いている席に移動して待つというもので、一般的な先に席について注文し配膳を待つスタイルとは少し違う。
更に一般開放されていない個室が奥に用意されており、まるで高級店の様な部分も存在するという、どうにもちぐはぐな店だ。
取り扱っている商品、飲食物が高級な物かというとそうでもない。一般的な店に比べるとやや値は張るが、提供している内容を原価や味で考えるとむしろ安いくらいである。飲み物に関しては他でも味わえるような物ばかりだが、食べる物に関しては他では見慣れない物も多い。
このカフェ・ケ・サラを営む店主は、妙齢の女性。見た目はこの辺りでは珍しい黒髪で、その髪は後ろで馬の尻尾の様に束ねて降ろされておりスッキリとしている。一般女性よりもやや高い身長にスラっとした体型。店の制服である白っぽいシャツに濃い色のベストと、腰から巻いたエプロンは非常に似合っており、本人の姿とも相まって非常に落ち着いた雰囲気を纏う。
この他にも従業員が一名いる。壮年の男性だ。外見は店主よりも上に見え、店を訪れた者の多くは「どういった関係なのだろう?」などとまずは考えるようなのだが、顔などはまったく似ていないので親子には見えない。かといって恋人同士であるかといえば、そういった雰囲気はなく主従関係のようにも見えるのだが、一般的なそれとも違い不思議な感じである。
カランカランと鈴の音が店内に響く。
「いらっしゃいませ」
いつもの様に男性従業員がカウンター前で訪れた客に挨拶をする。しっかりとした体つきのこの男性の名は『バルドラ』という。彼は給仕係でありながら店の用心棒なのだろう。動作の端々に正規の訓練を受けたであろう振る舞いが見て取れる。しかしながらそれなりの年齢であるため、そういった動作の中にも柔らかさがあり違和感はそれほど感じない。一般人が見ればきびきびとしているように感じられる部分もあり、印象としては悪くはないだろう。
訪れた女性客はまず店内に香る茶葉の匂いを感じ取った後、彼の案内にやや頬を赤らめながら紅茶と共にシフォンケーキと呼ばれる焼き菓子を注文し、番号札を受け取ると窓際の席へと歩いていく。
少しして店主により用意された温かい紅茶とケーキのセットは、男性従業員であるバルドラの手によって来店した女性客の席へと運ばれて行く。その様子はさながら執事と良家のお嬢様で、一時だけその場は違った世界へと変貌する。
「お待たせいたしました」という言葉と共に、丁寧に手元へと届けられた紅茶を一口含むと、女性客は少女の様な笑みを浮かべていた。
店内にはこういった空気感が目的なのか、料理目的なのかわからない女性客が多数を占め、後は落ち着いた雰囲気を好む老夫婦や商人などが数名いた。
これが一か月ほど前に開店した、カフェ・ケ・サラの現状である。
この少々変わった店であるカフェ・ケ・サラであるが、実はもう一つ他とは違う部分が存在する。それは『客からの話を買い取る』というものだ。
具体的にはどんなものかというと、客から話を聞きそれに店主である女性が価値を定め対価を払うというなんとも不思議な内容だ。
しかしながらこの話を聞いた町の人々は、まさか自分の話がお金に変わるなどとは思っておらず「お金が足りない場合の救済システム」くらいのイメージでとらえていたため、一か月経った今でも買い取り希望の客は指で数えられるほどの数であった。
日暮れが近づき空が茜色になった頃。閉店間際となったカフェ・ケ・サラの前に新たな人影が。
その何とも訳ありな様子の女性は、入り口に張り出された張り紙を確認し一つ頷くと、覚悟を決めたようにドアを開くのだった。
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