花天月地【第19話 紫電】

七海ポルカ

第1話




 ――桃の花が咲いている。




 まるでいつぞやのような花の咲く美しい夜の景色の中、自分は二つの剣を持って立っていた。

 最初は自分がどこにいるのか分からない気がして、辺りを見回していた。

 じく、と心臓が痛んだように感じたのは不意のこと。

 視線を感じた。


(いや違う)


 殺気、だ。

 振り返ると、そこにじっと立っている。

 闇に隠れていても猛禽のようにその金の双眸は、暗がりの底からこちらを見据えている。

 すでに構え持った槍の先が自分を射止めていることも分かった。


 この男とは何回か戦場で対峙した。

 そのいずれも死を隣に感じるような戦線だったはずだ。


 だから陸遜りくそんは戦場でこの男に会うと、必ず死を強く感じる。


 握り締めた剣の柄。

 違和感を感じる。

 自分の使いこんで来た愛剣のはずなのに、込めた力に反応するような感覚が戻って来ない。


 この男に斬りかかって一度愛剣を砕かれたことがある。

 敵はそれほどに手強い。


 月が雲から、風に流されて姿を現す。



 サァ……ッ



 頭からつま先まで、その姿がはっきりと月の光の中に浮かび上がる。


 一つに結い上げた黒髪が、優雅に背で揺れた。


 男が地を蹴る。

 槍を低く突く構えのまま、一足飛びで間合いを詰めて来る。


 そこから、一歩、二歩。

 軍靴が土を蹴り上げる。


 反撃しなければ殺されるという、当然の理論で陸遜は剣を振るって迎え撃とうとした。


 だが、重い。

 剣が鉛のように感じる。


 剣を振った瞬間に、自分は負けることをはっきりと分かっていた。

 負けることはすなわち――死ぬのだ。








 ――――【陸遜りくそん】!





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