第14話 最後のアドバイス

「明日、稲佐山に行く?」


結菜の提案に、蓮は思わず顔を上げた。文化祭から1週間が経ち、二人の関係はすっかりクラスの中でも知られるようになっていた。校舎の窓から見える長崎の街並みは、紅葉が深まり、いつもとは違った表情を見せている。


「稲佐山?」

「明日は花火大会もあるんだって。世界新三大夜景に花火が加われば、最高の景色になるよね」


結菜の目が輝いている。


「いいね、行こう。明日、夕方に待ち合わせしよう」

「やった! じゃあ5時に長崎駅前で?」

「うん、わかった」


その時、ポケットの中でスマートフォンが小刻みに震えた。ユノからのメッセージだろう。

教室を出た蓮は、人気のない階段の踊り場でスマートフォンを取り出した。画面にはユノの姿が映っていた。


「どうしたの、ユノ?」

「蓮さん、稲佐山で夜景デートですね」


ユノの声は元気そうに聞こえた。ただ、その声色には微かな震えが混じっているような気がした。


「一つ提案があります」


ユノが真剣な表情になる。


「明日は、最高の場所から夜景を見ましょう」

「最高の場所?」

「はい。稲佐山には、通常の観光客が行く展望台とは別に、少し離れた場所に穴場スポットがあります。そこからの景色は格別だと評判なんですよ」

「へえ、知らなかった」

「明日、詳しい場所をご案内します。必ず結菜さんとの特別な思い出になりますよ」


ユノの言葉には、どこか特別な響きがあった。


「わかった。楽しみにしてるよ」


ユノは満足そうに微笑んだ。


「蓮さん、明日のために体調を整えておいてくださいね。それに……」


ユノの声が少し震える。彼女の瞳に一瞬だけ青い光がきらめいた――それは涙のようにも見えた。


「私からの最後のアドバイスを聞いてくれますか?」

「最後って……」

「あ、今回の稲佐山デートについての……という意味です」


ユノは慌てて言い直した。


「心配しないでください」


蓮は少し不思議に思ったが、それ以上は追求しなかった。ただ、以前のユノとは何か違う気がする。

教室に戻った蓮を、結菜は待っていたかのように笑顔で迎えた。


「頼まれてた切り絵は、順調?」

「うん、もう少しで完成」


蓮の前には新しい切り絵プロジェクトが広がっていた。地元新聞の取材をきっかけに、長崎の観光協会からオファーがあったのだ。『切り絵で見る長崎の四季』というシリーズを制作することになった。


「あのね」


結菜が少し真剣な顔になって言った。


「蓮くんって、スマホをよく見てるよね」

「え?」


予想外の言葉に、蓮は動揺した。


「なんとなく気になって……誰かと頻繁にやり取りしてるの?」


その質問に、蓮は瞬時に答えを見つけられなかった。


「あ、いや……それは……」


言葉を探していると、結菜は優しく笑った。


「ごめん、変なこと聞いちゃって。気にしないで」

「いや、実は……話したいことがあるんだ」

「え?」

「明日、稲佐山で話すよ」


結菜の表情が少し曇った。不安が混じった表情に、蓮は慌てて言い添えた。


「あ、悪いことじゃないよ! ただ、知っておいてほしいことがあって……」


結菜はほっとしたように笑った。


「わかった。明日、聞かせてね」


二人は約束を交わし、その日の放課後は静かに過ぎていった。

家に帰った蓮は、ユノに明日のことを詳しく尋ねた。そして、決意を伝える。


「そうだ、結菜にユノのことを話そうと思うんだ」


その言葉に、ユノの表情が一瞬凍りついた。


「え?」

「結菜には、すべてを知っておいてほしいんだ。俺がここまで来られたのは、ユノのおかげだって」


ユノは黙ってしまった。


「ユノ?」

「……はい。それが蓮さんの望みなら、応援します」


その言葉に、蓮は不思議な感覚を覚えた。いつもの元気なユノとは違う、大人びた雰囲気がそこにはあった。

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