第9話 オランダ坂、二人の影
一行はオランダ坂へと向かった。路面電車に揺られること約10分。電停を降りた先には、長崎の象徴的な観光スポット、オランダ坂が広がっていた。
「わぁ、やっぱり素敵!」
結菜の目が輝く。
「この坂道は明治時代に外国人居留地として栄えた場所にあるの。坂の上からは港が一望できて、当時の外国人商人たちも毎日この景色を見ていたんだよ」
熱心に語る結菜の横顔を、蓮は思わず見つめてしまう。
「蓮さん!」
ポケットの中でユノが小声で叫ぶ。
「今です! 結菜さんの趣味に共感を示すチャンスです! 共通の趣味は恋愛の接着剤です!」
「え? あ、ああ……」
言葉を探していると、吉岡が背中を強く叩いた。
「おい、なに固まってんだよ!」
「いてっ!」
その声で我に返る。
「い、いや……その、俺も歴史、興味あるんだ」
「本当?」
結菜の目が輝く。
「じゃあ、一緒にいろいろ見て回ろう?」
「え? あ、うん……」
頷く蓮の耳元で、ユノが興奮気味に囁く。
「恋愛フラグ、発生! これは想定以上の展開です! 成功率92.7パーセント!」
その瞬間、吉岡が大きな声を上げた。
「よーし! じゃあ俺とまどかは別行動な!」
「え!?」
蓮が驚いて振り返る。
「だって、歴史好きの二人で見て回った方がいいでしょ?」
まどかがウインクする。
「ちょ、ちょっと待って……!」
制止する間もなく、吉岡とまどかは石畳の坂を上って行く。振り返ったまどかは、小さく親指を立てた。明らかな作戦だった。
残された蓮と結菜の間に妙な空気が流れる。
「あの……」
結菜が少し照れたように言う。
「私たちも、見て回ろっか」
その声に、蓮の心臓が大きく跳ねた。
二人はゆっくりとオランダ坂を歩き始めた。オランダ坂の石碑の側にある水色の洋館、東山手甲十三番館では、結菜が長崎の歴史について熱心に語った。
「でも、どうしてそんなに長崎の歴史に詳しいの?」
思い切って蓮が尋ねると、結菜は少し表情を曇らせた。
「実は……私のお父さんが歴史研究者なの。幼い頃から父の話を聞いて育ったからかな」
「そうだったんだ」
「でも……父は今、ずっとヨーロッパで研究していて、年に数回しか帰ってこないの。だから、この街の歴史を学ぶことで、どこか父とつながれる気がして……」
蓮はその言葉に胸を打たれた。いつも明るい結菜の中に、こんな寂しさが隠されていたなんて。
「……大変だね」
「ううん、寂しいけど、お母さんと二人で仲良くやってるよ。それに、お父さんが普段いない分、私がお母さんを支えなきゃって思えるし。だから私、強くなれた気がするんだ」
その強さと優しさに、蓮は自分が惹かれていることを改めて実感した。
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