第8話 はじめてのデートの待ち合わせ

「はぁ……なんで俺、こんなことに……」

「蓮さん! それ、今日15回目のため息です! しかも通常の1.5倍の長さ! 緊張値は基準値を67.8パーセント超過しています!」

「細かく測るなよ!」


慌ててポケットの中でスマートフォンを押さえる。休日の駅前には人が多い。誰かに聞かれたら大変だ。

この数週間、文化祭の準備で結菜と二人で過ごす時間が増え、少しずつ自然に会話できるようになってきた。そして切り絵の資料集めを兼ねたオランダ坂散策が突然決まったのだ。


長崎駅の交通広場は観光客や買い物客で賑わっていた。晩秋の陽射しは柔らかく、まだ暖かさが残っていた。

蓮は落ち着かない様子で待ち合わせの時計を見上げる。約束の時間まであと10分。またも早く着きすぎてしまった。


「心拍数、平常時の1.3倍! 血圧も上昇傾向で……このままでは健康に重大な影響が! さらに汗の分泌量も通常の3.2倍! このままでは蓮さんは倒れてしまいます! 至急、深呼吸をお勧めします!」

「うっせぇよ!」


思わず大きな声が出てしまい、隣のベンチで休んでいた老夫婦が驚いて振り返る。蓮は真っ赤な顔で慌てて謝罪の会釈をした。


(どう考えてもデートだよな、やっぱり……)


そう思うだけで胸が締め付けられる。


「おーい! 篠崎!」


大きな声が響き渡る。振り返ると、吉岡が片手を高く上げて近づいてきた。


「なんだよ、その覇気のない返事は! 今日は藤宮さんとのデートじゃないか!」

「デートじゃないって! みんなで資料集めに行くだけだろ!?」


必死で否定する蓮のポケットでスマートフォンが小刻みに震える。


「でも蓮さん、グループデートというのも、恋愛イベントとしては王道の展開です! 私の計算では、二人きりになれる確率が73.2パーセントもあります!」

「そんな都合良く……」

「きっと吉岡さんとまどかさんも途中で離脱する作戦を練ってくれているはずです!」

「あいつら……!」


「あ、蓮くん、吉岡君! おはよう!」


澄んだ声が聞こえてきた。振り返ると、そこには結菜が立っていた。いつもの制服姿ではなく、淡い水色のワンピースに白のカーディガン姿。休日の私服がとても良く似合っている。


「お、おはよう……」


蓮の声が裏返る。結菜は柔らかく微笑んだ。


「『蓮くん』かぁ……なんか扱いが違うよなぁ……」


吉岡がすねた真似をしてつぶやく。


「そ、それは中学から一緒だから……」


顔を真っ赤にして蓮が言い訳をする。


「あ、私のことも忘れないでよね!」


結菜の後ろからまどかが顔を覗かせる。彼女もいつもの制服姿ではなく、白いブラウスに紺のスカートという清楚な私服姿だ。


「そうだよね。 今日の結菜ちゃん、超可愛くない? 朝からコーディネート4回も変えたんだよ」

「も、もう! まどかったら……それ言わない約束!」


結菜が照れたように頬を染める。その姿に蓮の心臓が大きく跳ねた。

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