飛べない鳥は宙へ舞う
狐囃もやし(こばやしもやし)
夢
放課後になり、“君”を呼んで一緒に帰ろうと誘った。
『今日の授業で将来の夢について考える時間あったよね』
『うん』
『将来の夢、何にした?』
『それはね』
そう言って“君”はイタズラっぽい笑みを浮かべ、僕に言った。
『二人で凄い合作を作るってことかな』
そう言って“君”はランドセルを背負い直して無邪気に笑った。
『え?合作?』
『そう!それで、ピカソとか、ゴッホとかを超える大画家になるんだ!』
そう言って“君”は誇らしげに宣言し、ニヤリと笑って僕を見た。
『そんなことできるの?』
『君だって美術の才能はあるのだろう?』
『いや、そういうことじゃ…』
そして“君”は自分の言葉を遮るようにして、話を続けた。
『お前と俺で超大作を作るんだ』
『お、おう…』
そうして拳を合わせた。
「……………………………………んあ〜」
そうして自分は大きく伸びをした後、目の前のパソコンにカタカタと文字を打ち込む。
“君”との思い出はもうすでに遠くのものになってしまった。
“君”は自分と超大作を作ると言った。
しかし、“君”はもう僕の隣にいない。
“君”はどこか遠くへ行ってしまった。
自分を置いて、君はどんどん世の中の注目の的へと変貌していった。
つい昨日なんて、ニュースで「世界絵画大賞展」最優秀賞に選ばれたと話題になっていたよね。
そんな“君”を見て、自分と比べた。
“君”は自分とは違って才能に恵まれていた。
じゃあ自分は?
才能のかけらもなく、ただデスクトップと睨めっこするだけの社会人になってしまった。
自分はえっと…31本目?のエナジードリンクを口へ注いだ。
ふと窓の外を眺めると、太陽が昇っていた。
2日も寝ていなかったので疲労が溜まっていたのかそんなことにも気づかなかった。
そして、時計を見る。
今はAM6:37、もうそろそろ誰かが出勤してくるはずだ。
しばらくすると、3人の男性社員が入ってきた。
「あらら、雑魚モンスターまた徹夜してたの〜?目の下のクマが余計モンスターみたいでウケる」
そういえば言っていなかったな。
自分はこの会社の社員達にいじめられていた。
これから地獄の時間が始まる。
____________________________________
「モンスター君、金持ってないの?」
「持ってないよ…」
「チッ…ゴミカスがよォ!」
「うっ…」
自分は毎日のように給料や財布の金をふんだくられ、金がなければ彼らの思うままにいたぶられ続けた。
上司にこのことを話しても、一向に取り合ってくれない。
彼らはいつもニタニタしながら自分を集団で袋叩きにしていた。
彼らは絶対に加減を知らない。
このまま彼らの暴行が続けばいずれ自分は死ぬだろう。
そんな気がする。
意識が朦朧とする中、自分はふと次のようなことを考える。
愛する人もいない。
大した才能もない。
金もない。
力もない。
知名度もない。
考えてみれば自分は生きていても、死んでいても大して変わらないし、誰からも必要とされていない。
そんなのだったらいっそ死んだほうがいいだろう。
しばらくして周りが静かになったのを感じ、ハッとすると
そして自分の手元や身の回りを見る。
何もない。
自分のバッグがない。
奴らに持っていかれたに違いない。
そう考えて自分は奴らを追った。
追いかけると奴らはそう遠くもないところにいた。
「おい、それ返せよ」
「あん?雑魚のくせに生意気だな!」
そう言って自分に殴りかかった。
その一撃は自分の腹に直撃した。
ただバッグを返してくれるだけでもいいじゃん。
その衝撃に耐えられず、自分は嘔吐した。
自分の胃液は殴って来た奴の袖にかかった。
「うわ、雑魚モンスターの胃液ブレスかかったんだけど〜」
「可哀想!モンスター何やってんだよ」
「畜生…このバッグ転売しようと思ったのに」
「攻撃力はないけど、精神的にはやられるな〜これ」
と周りの輩は囃し立て、笑い始めた。
咄嗟に自分はバッグを持って逃走を図ったが、運悪く捕まった。
「おいおいお前さあ、ゲロしといてなんだよそれ」
「え?」
「逃げようって魂胆じゃねえよな?」
そう言って彼らは本日2回目の暴力大会が始まった。
ゆでだこみたいに顔が腫れ上がった自分が路地裏に横たわっていた。
自分は痛みのあまり立ち上がれなかった。
なんとか立ち上がって重い足を引きずって歩き始める。
全身がズキズキと痛む。
左腕に稲妻のような痛みが走った。
おそらく折れている。
自分はゆっくりと思い足取りで歩き始める。
行き先はもちろん我が家だ。
だがその前に寄って行きたい場所がある。
そうして電車やタクシーを使わずに歩きである場所へと向かった。
そうしてたどり着いたのは公園だった。
ここは、“君”とよく遊んでいた公園だ。
ここには自分にとっていろいろな思い出が詰まっている。
自分がここにきた理由はここには捨て猫がいたからだ。
その子はほぼ何も食べていなくて、痩せ細っていた。
それを見かねた自分はどこか居た堪れなくなって、毎日自分の三食を削ってまで貯めた金で定期的に餌を買ってあげた。
それが一時的な楽しみと気付いたのは初めて餌をやった日だった。
今日も買った餌を与えるために来たのだが、その子がそもそもいなかったのだ。
辺りを見回すと、奥で花火をやっている人々がいた。
まさかと思い、近づいてみると。
「あれ?雑魚モンスターじゃん」
あいつら三人組だった。
そして自分は奴らに問う。
「何やってんだよ…!」
奴らの手元にあったのは花火とライター、そして。
燃えている猫だった。
猫はじっとしていて動かなかった。
「お前の可愛がっていた猫で遊んでたんだよ」
「は?……ァァ……ぅァァぁ」
そう言った奴らに自分は何もできなかった。
奴らは悪魔にしか見えなくなった。
自分は悪魔たちを前に、ただ乾いた呻き声を上がることと目から静かに雫を落とすことしかできなかった…。
生きる気力を失った。
自分にとっての生きる意味というものがなくなった。
ならばやることは一つ。
自害だ。
自分は歩道橋へ向かった。
ゆっくりと階段一段一段を上がった。
歩道橋の上のところに着くと。
そこは車のヘッドライトでキラキラしていた幻想的な風景だった。
自分は靴を脱ぎ、煌めきの海へと跳ぼうとした。
やり残したことはない。
未練も後悔もない。
あの世に行ったらあいつらを呪い殺したい。
あと、“君”には幸せでいてほしい。
そう考え、手すりに足をかけた。
「これが人生負け組ってやつ?」
そう自分を馬鹿にするように笑った
月光が眩しい、満月の夜だった。
その時。
「何やってんだよ、お前!」
そう、誰かの声が聞こえた。
「もう邪魔をするなよ…。疲れたんだよ」
自分はつぶやくようにそう答えた。
「ふざけているんじゃねえよ!俺らはまだ」
自分が地の底へ落ちようとした瞬間、その言葉を聞いて動きが止まった。
「超大作を作ってねえだろ!」
その言葉は、自分の脳の中の記憶のゴミ捨て場の中からまだみずみずしい記憶、懐かしい思い出を引っ張り出した。
そして自分は床に崩れ落ちる。
「超大…作…………?」
「ああそうだ」
自分は先ほど声をかけてきたその人物を見つめる。
____________そこにいたのは、あの頃とは変わらない紛れもない“君”だった。
その顔を見た途端、自分は涙が溢れて声を抑えることができなかった。
やっぱり“君”はあの頃と変わらずに優しい。
次の日、会社に出勤した。
「あ〜雑魚モンスター」
と自分を小馬鹿にした声を無視し、真っ先に社長室へ向かった。
「ああ、小嶋君か。どうし」
と社長が喋り終わるよりも前に、自分はある封筒を机に、文字通り叩きつけた。
その封筒には『辞表』と書かれていた。
「今までお世話になりました」
そう気持ちも込めず、軽く挨拶した後、そそくさと社長室を後にした。
「え?小嶋君?」
とこちらに問いかける声を無視し、自分はさっさと会社を出た。
外はどこまでも蒼い空が広がっていた。
そして、
「随分とスッキリした顔だな」
と喋りかけてくる“君”。
「ああ、“君”のおかげで新しいスタートが切れそうだよ」
そう言って、自分と“君”は肩を組んで駅へ向かった。
そして、現在。
「というのが、この作品を作るきっかけ、そして画家としての人生を歩み始めるきっかけになったのです。この時から再び絵を描く楽しさに目覚め、一からデッサンやデザイン、色の組み合わせなどの練習に励み、見事に彼とこの作品を作ることができました」
そう喋るのは自分。
隣でニコニコしているのは“君”。
あれから、彼と寝食を共にして、画家として活動を始めたのである。
その初作品が、今芸術の番組で大々的に報道され、日本国内の大会で最優秀賞ではないが、優秀賞として新聞等に掲載されるようになった。
題名は『挫折』
物体とか人物とかそういうものは描かれていない。
ただ、線や色だけで表現されている、抽象的なものだ。
しかし、「意味合いという観点から、題名と色の組み合わせが素晴らしいと思う。何重にも塗られた色の層一つ一つにそれぞれの意味が込められていて非常に良い」と言った旨の評価で良い結果を獲得できた。
これで、美術の世界でのある程度の有名人になれた。
これも全て、“君”のおかげだ。
“君”が自分を止めてくれたから。
“君”が自分の背中を押してくれたから。
隣の“君”を見る。
“君”はあいも変わらず笑っているだけだ。
そして、番組のアナウンサーが自分に語りかける。
「小嶋先生はさまざまな苦痛や苦難を乗り越えて、ここまでやってきたのですか。すごいですね」
「小学生の頃に、自分、小嶋は、隣にいるこの八条先生と約束をしたのです。『二人で超大作を作ろう』と。最優秀賞は取れませんでしたが、誰かの心に届くような作品になったのなら、それで十分です。八条先生もそれがお望みだったのでしょう」
「ええ、八条先生もそうであればよかったですね」
「八条先生は自分に言っていました。『お前が夢を追うのは難しいし、それまでの道のりは大変だ。その反面諦めてしまうのは簡単。じゃあもし諦めたらお前が今までした努力はどうなる?夢を簡単に諦められるようだったら、それは夢じゃない』と。きっと彼はこの作品を見たみなさんに伝えたいのは、『どんなに辛かろうと、夢はあきらめてはいけない』だと思います」
「そうですね。ごもっともです」
そしてアナウンサーは悲しそうに話を続ける。
「その…八条先生は」
自分は隣を見る。
“君”は本当に写真の中であの頃と変わらない笑みを浮かべていた。
そして自分はゆっくりと口を開く。
「八条先生は…心臓病だったんですよね」
そう自分は語る。
“君”に救われてしばらくして、“君”が重度の心臓病だったことを知ったんだ。
“君”はいつもニコニコしていた。
そして子供のように泣きじゃくる自分を“君”は『元気出せよ』と言ったよね。
その時の自分の気持ちを“君”は考えたこともないだろう。
やっぱり“君”はあの頃と変わらず、人の気持ちも汲み取れない無神経なやつだな。
____________しばらくして、“君”は春先に咲く桜の花と共に散った。
最後まで涙を絶やせなかったのは、“君”のせいだ。
だが、“君”は最後まで自分を馬鹿にするかのような眩しい笑顔だったよね。
日に日に痩せ細っていく君を見ている自分は辛かった。
でも“君”は自分をいつも励ましてくれたよね。
だけど、“君”と出会えたことは、言葉に表せないほどの意味がある。
しかし、ここからいなくなってしまった“君”には何も届かない。
何もしてあげられない。
何もしてあげられなかった。
そして、いつの間にか自分は涙を滝のように流していた。
「小嶋先生……………。」
「自分、は、あの人、に……多くの借りをしたのに………ッ、何一つ、返せな、かった…………」
アナウンサーの驚いた声が聞こえた瞬間、自分は崩れ落ちた。
_あの日“君”が自分を自殺という悪夢から救い出してくれた時のように。
また泣きじゃくる自分を慰めにきてくれよ。
そして、その日のインタビューは『感動ドラマよりも泣ける』ということで有名になった。
春の桜の花びらが優しく頬を撫でる季節になった。
墓地にコート姿の、手が絵の具やインクで汚れた男性が現れ、『八条』と名前が刻み込まれた墓石の前で立ち止まった。
「やあ八条、いや八条先生。久しぶりだな。自分のコート似合わないかな」
そう言って自分は“君”に手を合わせる。
「君が隣にいなくなってからもう1年だね」
そう言って自分は“君”の墓に、“君”と自分が好きだった花「アイビー」を添えた。
花言葉は「永遠の愛」「結婚」「不滅」「不死」「友情」「誠実」。
“君”は生前、婚姻関係を結べなかったから、少し不似合いかな。
「君と出会えて自分は成長が出来た。君にはとても感謝している」
墓石の前に、“君”が生前好きだったコーヒーとクロワッサンを供えた。
「君の成し遂げられなかったこと。それを今度実現してみせるよ」
そう言って、自分は彼の愛用していた絵筆を墓石の前に供え、
しばらく黙祷し、
その場を立ち去った。
飛べない鳥は宙へ舞う 狐囃もやし(こばやしもやし) @cornkon-moyashi
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