Ice lolly12⋈②


 7月22日の朝。私は新幹線の中にいた。


「…星野ほしのさん、修旅よく来れたよねー」


「…ねー。廃墟で夜遊びって。そんなキャラだったなんてさぁ、マジやばー」


 あ、コソコソ話聞こえて……。

 でも気にしない!

 乗る前に取った夕日ゆうひ達との写メ、早速、月沢つきさわくんに送信しよう。


 あっ、既読ついて返信が……。


『…ありす、かわいい』


 え、かわ……!?


 私の顔がボッと熱くなる。


『…楽しんで来いよ』


 月沢つきさわくん……。


 私は返信する。

『うん、楽しんでくるね』



 7月23日の夜。私はホテルの部屋で一人月沢つきさわくんと電話をしていた。


月沢つきさわくん、写メいっぱい送っちゃってごめんね」


 動物園、アメ横、浅草、ツリー…、

 もんじゃ、カニやローストビーフの超豪華なバイキング……夕日ゆうひ達とは隣のクラスだけど、どれも一緒に写ってて嬉しい。


『…いや、見てるだけで俺も楽しめてるから気にすんな』

『…最終日はディズニーシーだっけ?』


「うん、楽しみ」


『…星野ほしの、今、一人?』


「あー、うん。今日は最後のお泊りだから夕日ゆうひちゃんは夜野やのくんの部屋で、三月みつきくんは彼女の部屋に行ってるみたい」


『…は? しょうの奴、彼女いたんかよ』

 月沢つきさわくんは驚きの声を上げる。


「そうみたい」

「…月沢つきさわくん」


『…何?』


「…あ」


『あ?』


「ううん、なんでもない。切るね」


『…おい、ほし…』


 私は電話を切った。


 危なかった……。


 もう少しで“会いたい”って言いそうだった。


 そんなの、無理なのに。

 電話やライン出来るだけでも幸せなことなのに、私、我儘わがままだ。

 でも。


 私はぎゅっとスマホを抱き締める。


 会いたくて仕方がないの。



 ベットが上がった状態で寝ている怜王れおはスマホをじっと見つめていた。


 着替えは電話をする前に下っ端に頼んで済ましており、怜王れおはズボンにスマホを入れて、

 ベットから降り、扉まで歩いて行く。


怜王れお、行くのか?」

 氷雅ひょうがが、カーテン越しから尋ねる。


「…あぁ」


「ありすに会いに?」

「それとも、親父に会いにか?」


 怜王れおは両目を見開く。


「…昨日の夜の電話聞いてたんかよ」


「あぁ。隣だから聞きたくなくても聞こえる」


「…親父に会って話つけた後、ありすに会いに行く」

「…ありすが待ってるんで」


「そうかよ。なら上手く話しつけておいてやる。行って来い」

 氷雅ひょうががそう言うと怜王れおは病室から出て行った。



 のぞむ先輩の連れの車で4時間後。怜王れおは東京の父親が住むマンションに辿り着いた。


 車の運転席からのぞむ先輩の連れは怜王れおを見守り、

 マンションの前にはスーツを着た冷たい目の男性が立っている。


「…親父」


怜王れお、久しぶりだな」


「…話ってなんだよ?」


「単刀直入に言う。お前を夏休み前に転校させる」


 怜王れおは驚く。

「…は?」

「…何言ってんの? 転勤が決まったんなら一人で行けばいいだろ」


「そうじゃない。とにかくこれは決定事項だ」

「あのマンションの部屋も引き払う」


 怜王れおの顔が強張る。


「なんだその顔は。マンション代、誰が出してやってると思ってるんだ!?」


「…うるせぇ!」

「…ふざけんなよ。こんの転勤族の放置主義野郎が!」

「…そんなんだから、おふくろに離婚されんだよ!」


「もういい。お前と話していてもらちが明かない」

「とにかく転校の手続きを先に進める」

 怜王れおの父親はそう言うと背を向けて歩き出す。


「…おい、待てよ!」

 怜王れおが腕を掴むと、父親はふらつく。


「…は? おい…」


「すまない」

 父親は怜王れおの手をほどく。


「…らしくねぇ。何謝ってんだよ?」

「…俺を呼び出した本当の理由言えよ」


「……長くないんだ」


 怜王れおは両目を見開く。


「医者にもって、あと一年だと診断を受けた」

「…迷った。お前に伝えるべきか」

「この先どう生きて行くべきか」

「そしたらお前の顔が浮かんできてな」


 父親は一筋の涙を零す。


「母さんと出会ったこの東京で……お前と暮らしたい」


「…氷雅ひょうが、お前ならどうするんだろうな」

 怜王れおはボソッと呟く。


怜王れお?」


 怜王れおの両目に前髪がかかる。

「……分かった」



「…はぁ」

 深夜になり、私はホテルの711号室の部屋で、一人、ため息をついていた。


 ここは和のテイストを取り入れた落ちつきのある部屋で、4つベットがある。


 一人、寂しい。

 みんなまだ戻ってこないな…。

 とりあえず、部屋着のTシャツと短パンには着替えたけど、どうしよう……。

 先に寝ちゃっても大丈夫かな?


 ピロン♪


 ……え、グループライン!?


 私はトークをタップし、ラインのトーク画面を開く。


『ありす! 大変! 怜王れおが!』


 え、夕日ゆうひちゃん!?

 月沢つきさわくんに一体何が!?


 あ、三月みつきくんからも…。


『今ホテルの部屋に入ったぞ』


 部屋に入った!?


『俺達の隣。902号室だよ』


 夜野やのくんまで…って、

 月沢つきさわくんが902号室に!?


「…行かなきゃ」


 私はベットから降りて歩き、部屋から出る。


 あっ。


 同じ部屋の女の子達が話しながら戻ってきた。


「C組の女子達ヤバかったねー」


「うんうん、突然現れた月沢つきさわくんに目がハートになって失神した子もいたし」


「修旅サボるタイプなのにギブスつけたまま来るってヤバくない!?」


「担任に頭下げて部屋用意してもらってさぁ、必死すぎ! アレは絶対女いるよね!」


 月沢つきさわくん、そんな必死に…涙出そう。


 月沢つきさわくんに早く会いたい。


 私は涙を堪えながら、女の子達の隣を駆けていく。


「え!?」


星野ほしのさん、どこ行くの!?」


 それからエレベーターで9階まで上がって歩いて行くと902号室の前に着いた。


 エレベーターホール前は、紫のライトがホテルじゃない雰囲気をただよわせていて非日常感ぽかったけど、部屋のロビーは暖かなオレンジ色のライトでちょっとほっとする。


 部屋の前で扉をノックした瞬間、月沢つきさわくんの担任、紺藤こんどう先生の姿が見えた。


 あ、先生!?

 どうしよ…見つかっちゃう!


 ガチャッ。

 部屋の扉が開いた。


 グィッと手を引っ張られ、

 私が中に入ると、月沢つきさわくんが、ぱたんと扉を閉める。


 スタイリッシュな2人部屋…かっこいい……。


「…危ねぇな。見つかってたら完全にアウトだったわ」

「…なんで来んだよ」


夕日ゆうひちゃん達からラインが来て、いても立ってもいられなくて…」

月沢つきさわくんこそなんで…」


「…電話で会いたいって言うから会いに来た」


 両目から光が溢れて止まらない。


「言ってないよ…」


「…あ、は言ったよな?」


 私は右腕で両目を隠す。


 なんで、あ、だけで分かっちゃうの?


「…まぁ、俺が会いたかっただけなんだけどな」

 月沢つきさわくんは優しく笑うと私の右腕を下ろし、親指で涙を拭う。


月沢つきさわくん、汗…」


「…あぁ。急いで来たから」

「…乗せて来てくれた先輩は違うホテルに泊まるらしいけどな」


 急いで来てくれたんだ……。


「着替えた方が…あ、でもないよね……」


「…着替えならホテルのがある」


「そっか。あ、でもギブス……」


「…お前がいいなら脱ぐけど」


 え!?


「…嫌だよな」


 ギブス、誰にも見られたくないんじゃないかなって思ってたのに……。

 私はいいんだ。


「い、いいよ。後ろ…向いてるね」


 月沢つきさわくんは夜の海が近くで見える窓側のベットまで歩くと、

 その上にある硬めの枕を2つ背中のクッションとして固定し、ベットに座る。


 そして、パサッ……。

 白のTシャツを脱ぎ捨てた。


「…ありす」

 月沢つきさわくんに呼ばれて見る。


 上半身裸のまま、ふわふわのタオルで体を拭いていた。


「わ、私がタオルで……あ……」


 あばら骨のギブスを見て、胸がきゅっと痛む。


「…かっこ悪いよな」


 私は首を横に振る。

「そんなことない。かっこいいよ!」


「…そう。じゃあありす、背中拭いて」


「わ、分かった」

 タオルを受け取ると、背中を優しく拭いた。


月沢つきさわくん、終わったよ」


「…お前は脱がねぇの?」


「え……あ、もしかして汗臭い!?」

 私は、くん、と自分のTシャツの香りを嗅ぐ。


「…いや、冗談だから気にすんな」


「……て」


「…は?」


 私は両手でぎゅっと自分のTシャツの裾を持つ。


月沢つきさわくん、脱がして」


 すごく恥ずかしい。

 消えたい。


 そう思いながらもうつむ

きながら早足で月沢つきさわくんの前まで歩いて行き、背を向けてベットに座る。


 もう後ろの月沢つきさわくんの顔、見れない……。


 月沢つきさわくんは部屋着のTシャツを脱がす。


 私の上半身がリボン付きの黒いブラだけになると、目を見張る。

「…は? 黒?」


「あ……」


 体中が猛烈に熱い……。

 まさか、月沢つきさわくんに見られるなんて……。


黒有栖くろありすになったし、高校最後の修学旅行だから……」


 ぎゅっ。

 後ろから月沢つきさわくんが右腕で私を抱き締める。


「…やっぱ会いに来て良かったわ」


 あれ……なんか元気ない……?


月沢つきさわくん、何かあった?」


「…なんもねぇよ」


「嘘…やっぱり体、辛いんじゃ…」


「…うるせぇな」


「んっ」


 月沢つきさわくんに唇を塞がれた。


 え…いつもより長い?

 やばい、息が……。


「ぷはぁ…」

 唇が離れ、息を吸うと月沢つきさわくんが後ろから右肩に顔を埋めてきた。


「あの、私、どうすれば…」


「…好きにして」


 そう言われても……どうしよう……。

 あ…!?


 私は考えた末、バッと振り返る。


「……怜王れおくん」


 月沢つきさわくんが両目を見開いた瞬間、


 ちゅ。

 私は月沢つきさわくんの心臓にキスを落とす。


 あの時は酔ってたけど、怜王れおくんってやっとちゃんと呼べた……。


 私の両目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。


「…嬉しい」

月沢つきさわくんが生きてるのが」

「こうして来てくれたことが」


「私、これからも卒業後も」

「ずっとずっと月沢つきさわくんと一緒にいたい」

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