Ice lolly13⋈②

 扉を開けると玄関から居間まで空になっていた。


 え、空?

 嘘、だよね?


「ありす!」

 氷雅ひょうがお兄ちゃんが松葉杖を突いて玄関に入って来た。


 私は振り返ると驚く。

「え、氷雅ひょうがお兄ちゃん…? なんでここに…いるの?」


「病院から抜け出して来た。さっき怜王れおとここで別れた」


 え……。


氷雅ひょうがお兄ちゃん…知ってたの?」


「あぁ」


「なんで教えてくれなかったの!?」


「お前のこと、黒有栖くろありすのことを守る約束を怜王れおとした後、看護師が凜空りくに連絡して」

夕日ゆうひしょう千宙ちひろ、退院したきょうの5人が病室に駆けつけて来て怜王れおが余命一年の親父と暮らす為に黒有栖くろありすを辞めて東京に行くことを話した」


 月沢つきさわくんのお父さんが余命一年――――?


「あいつ、お前と会う前に親父と東京で会って話つけたんだよ」


 え、お父さんに会ってたの?


「話し終えた時にはみんな泣いてやがって、怜王れおに頼まれた」

「ありすにだけは絶対に言うなってな」


「何…それ…秘密ばっかり…」


 私も暮らしたい。退院したら一緒に…って言った時、


 “氷雅ひょうがが許さないだろ”って言われちゃったけど、

 ほんとうは東京に行くことが決まったから、あえてそう言ったんだ…。


「…ひどいよ」


 “…ありす、俺はお前をぜってぇ幸せにする”


 って、言ったのに。


 ねぇ、月沢つきさわくん、これが答えなの?


 私の両目から光が消える。


「ありす?」


 だったら、


氷雅ひょうがお兄ちゃん、私のこと」

「もう、好きにして」


 ――――俺達は偽りじゃねぇ、本物だ。

 ――――これからもずっと“本物の兄と妹”だ。


 教会で誓ってくれた氷雅ひょうがお兄ちゃんに、こんなこと言うなんて。

 ほんと、ひどい妹。

 だけどもう、どうしていいか分からないの。


 カラーン。

 氷雅ひょうがお兄ちゃんは松葉杖を捨て、私を左腕で抱き締める。


「ありす、泣きたいだけ泣け。何時間でも付き合う」


 右手と左足包帯巻いてて、

 立ってるだけでも辛くて、私よりも痛いはずなのに。


「うわぁぁぁあああああああああああああ……」


 私は氷雅ひょうがお兄ちゃんの腕の中でただただ泣き崩れた。



 7月28日の深夜。私はベランダの扉の前で両足を伸ばした状態で座っていた。


 扉は水色にゴールドの星柄がついたカーテンで隠れていて見えない。


 両目にも光はもうない。


 2日前、腕の中で泣き崩れた後、氷雅ひょうがお兄ちゃんはタクシーで一人、病院に戻って行った。


 ほんとはずっと一緒にいて欲しかったけど、

 こんな私じゃ、とても松葉杖の氷雅ひょうがお兄ちゃんの体の支えにはなれないし…。


 氷雅ひょうがお兄ちゃん自身も私に負担をかけたくないって思ったみたい…。


 一人になってからはろくに何も食べず、部屋でただボーっとしてるだけ。


 ポロッ…。


 あ、また涙が……。


 なんで、時間、進むの?

 なんで、時間、戻ってくれないの?


 月沢つきさわくんのいない毎日なんて、嫌だよ。

 そんなの耐えられないよ。


 “…あー、このまま眠りてぇ”

 “…毎日一緒に寝て起きて、普通に暮らしてぇな”

 月沢つきさわくんの修学旅行での言葉が脳裏を過ぎる。


 このまま夢で終わらせたくない。


「…私、月沢つきさわくんと、どうしても暮らしたい」


 抑えようもなく、あとからあとから涙が零れ落ちていく。


月沢つきさわくん、会いたいよぉ…」


 スマホの着信音が鳴った。


 …え?

 氷雅ひょうがお兄ちゃんから?


 私は涙を右腕で拭き、

 床に置いてあるスマホの応答のボタンをタップし、右耳にスマホを当てる。


『ありす』


 どうしよう、氷雅ひょうがお兄ちゃんの声聞いただけでまた涙出てきちゃった…。


『ちゃんと飯食ってるか?』


「うん」


『嘘つくんじゃねぇよ。部屋で別れてからどうせろくに食べてねぇんだろ?』


「っ…」


 なんで、分かっちゃうの…。


「それより、どうしたの? …あ、着替えとか?」


『ちげぇわ』

『お前昨日言ったよな? もう、好きにしてって』

『だから俺の好きにした』


 …え?


「好きにした…って?」


『隣の部屋に今すぐ行け』


 ブチッ。


 え、電話切られちゃった…。


 なんで隣の部屋?


「あ…」


 もしかして――――。


 私は立ち上がり、部屋から出て玄関まで走る。

 そして靴を履き、玄関の扉を開け、外に出た。


 きちんと扉を閉め、隣の部屋まで走っていく。


 え、扉、少し開いて…。


 私はドアノブを引き、扉を開けた。


 黒有栖くろありすと背中に白い字で書かれた黒の特攻服が両目に映る。


月沢つきさわ…くん?」


 これは…夢かな?


 だって月沢つきさわくんが黒有栖くろありすの特攻服着て、ここにいるはずないもん。

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