Ice lolly12⋈① 会いたい。

 もう少しで“会いたい”って言いそうだった。

 そんなの、無理なのに。

 でも、会いたくて仕方がないの。



 しばらくして両瞼が持ち上がると光を感じた。


 白い…天井?

 柔らかな物の上にいるみたい……?

 手にも温もりを感じる……お母…さん?


「ありす!」


 女の子が両目にぼんやりと映る。


 ピンクブラウンの髪……?

 夕日ゆうひ…ちゃん……?


「目覚めて良かった……夜まで起きなかったから心配したよ」


 夜まで……?

 ずっと…手…握ってくれていたの……?


 白い壁に…テレビ…?

 左手に点滴……?


「ここ……どこ……?」


夜野やの病院だよ」

のぞむ先輩と翼輝つばきが連れに頼んで車手配してくれたの」

「軽症な奴らはバイクで2人乗りしてここまで運んだんだよ」


 病院……?

 手配? バイク?

 なんで私……泣いてるの?

 あ……。


 全てを思い出し、私の両目から止まることなく涙が溢れ出る。


「……月沢つきさわくん……氷雅ひょうがお兄ちゃん……」


 私…止められなかった……。

 私がふたりを……殺した。


 私の両目から光が消える。


「ありす、ふたりのことなんだけど」


「うん……」


「隣の部屋にいるよ」


「うん……」


 ……え?


「隣の……部屋?」


「うん、ベットで寝てる」


「それって……死んじゃったってこと?」


「ありす、あのさ」


「私のせいだ。私のせいでふたりが!」


「違う! ふたり、生きてるよ」


 生きてる――――?


「冗談…だよね?」


「冗談じゃないよ。ほんとうだよ」


 私の両目に光が戻った。


 布団をめくり、バッ! と起き上がる。


 くらぁっ……。


「ありす!」

 夕日ゆうひちゃんが私の体を受け止めた。


「行かなきゃ」

 私は点滴をベリっと外し、ベットの手すりを支えに降りる。


「ありす、だめだよ! まだ寝てなきゃ!」


 私は夕日ゆうひちゃんを押し切って部屋から出た。


星野ほしのさん!?」

 遠くから看護師が声を上げ、隣にいる夜野やのくんのお父さんは驚く。


 ふたりが慌てて歩いて来るのが見え、


 ――――ガラッ!

 私は隣の部屋の扉を開け、中に入る。


「え!?」


「ありすちゃん!?」


 窓の前に立った三月みつきくんと夜野やのくんが叫ぶと、

 ドア側に立った飛高ひだかくんと診察衣をまとい、椅子に座った天川あまかわくんも驚く。


「え……天川あまかわくん!?」

「みんなもなんでここに……」


 窓のカーテンは少し開いており、綺麗な三日月が見える。


 2人部屋の仕切りのカーテンは全開していて、

 窓側のベットにあばら骨にギブスを嵌め、診察衣をまとった月沢つきさわくん、

 ドア側のベットには右手と左足を包帯でぐるぐる巻きにされ、同じ診察衣の氷雅ひょうがお兄ちゃんが寝ていた。


月沢つきさわくん、氷雅ひょうがお兄ちゃん」

 呼びかけると、ふたりの瞼が持ち上がった。


「…ありす」


「ただいま」


 月沢つきさわくん、氷雅ひょうがお兄ちゃん……ほんとうに生きてた……。


 私は右手を口に当てながら号泣する。


「…ありす、おいで」


 私は月沢つきさわくんのベットまで歩いて行く。


 そして泣き崩れ落ちると、三日月が優しく照らす中で月沢つきさわくんが私の頭をふわふわと撫でてくれた。



 7月19日の夕方。また隣の部屋に集まり、テレビを見ていた。


 イケメンのニュースキャスターが画面に映っている。


『……続いてのニュースです。17日の深夜、廃墟での崩落事故があり、未成年の高校生による夜遊びだと警察関係者による取材で分かりました』


「名前出なくて良かったねー」

 ピンクブラウンの髪の夕日ゆうひちゃんはボリボリとチップスを食べながら言う。


夕日ゆうひ、こぼれてる。汚ねぇな」

 三月みつきくんが言うと、

 夕日ゆうひちゃんは「あぁ?」と返す。


「しゃあーせん」


「サツと担任来る前に特攻服隠しておいて正解だったな」

 飛高ひだかくんがクールな顔で言う。


「あぁ。俺ら高校休んで午前中、サツと氷雅ひょうがの担任の世森せもり先生」

「ありすちゃんの担任の白瀬しらせ先生、俺の担任の紺藤こんどう先生と一緒に病院来てやばかったけど」

「親父がサツに話つけてくれたおかげで、なんとか丸く収まったしね」

 夜野やのくんはにっこりと笑う。


「…でも凜空りくの親父に素性はバレた」

「…辞めたりしないよな?」

 月沢つきさわくんが尋ねると、


「合併したばっかで辞める訳ないだろ。親父にはすぐに退団しろって命令されたけど高校卒業まで両立して上手くやるさ」


「高校卒業まで?」

 左手で点滴スタンドを支えに座っている私が聞き返すと氷雅ひょうがお兄ちゃんが口を開く。


「暴走族は高校卒業したら退団して」

「総長は辞めて次に引き継ぐことに決まってんだよ」


「そうなんだ……」


 病院を継ぐことと暴走族の両立…大変そうだけど夜野やのくんならきっと大丈夫だよね……?


「この件はこれで終わりだ。それできょう

 氷雅ひょうがお兄ちゃんに呼ばれ、天川あまかわくんの体がびくつく。


「はい、総長」


「鉄パイプで頭殴られてたんこぶってお前、どんだけ石頭なんだよ」


 え、たんこぶ?


「たんこぶって、きゃははっ」


「たんこぶはやべぇな」


「たんこぶはないな」


「たんこぶはないねー」


 夕日ゆうひちゃん、三月みつきくん、飛高ひだかくん、夜野やのくんが続けて言う。


「てめぇら、うるせぇな」


 天川あまかわくん、たんこぶでいじられてる……。


「俺は右手と左足の骨折って、怜王れおはあばら骨折ったってのによ」


「え、氷雅ひょうがお兄ちゃん、怜王れおって……」


「もう敵じゃねぇし名前でいいだろ。なぁ?」


「…あぁ。お前に呼び捨てにされるのは嬉しくねぇけどな」


「あ?」


 なんだかんだ言っても、ふたりが仲良しで本当に良かった……。


「…てかさありす、修旅どうする?」

 夕日ゆうひちゃんが耳元で聞いてきた。


「…修旅って?」


「…修学旅行だよ」


「…うん。修学旅行のことなら病室で白瀬しらせ先生に聞いたよ」

「…来週の22日から2泊3日で行き先は東京だって」


「…今日19日じゃん?」

「…普通は今日2学期の終業式で明日から夏休みなのに、わざわざ夏休み一週遅れにして修旅行くとかなんなの?」


 なんなの? って私に言われても……。


「…夕日ゆうひちゃんは行くの?」


「…うーん。暴走族が修旅はねぇ」


 確かに行くイメージないなぁ……。


「ありす、何コソコソ話してんだ?」


「あ、氷雅ひょうがお兄ちゃん、えっと来週からの修学旅行のこと話してて……」


「夏に修旅!? マジかよ」

 天川あまかわくんが驚きの声を上げる。


「修旅か、懐かしいな」

「2年の時は黒坂くろさか先輩が総長で修旅なんて行ってる暇なかったし、暴走族が修旅はガラじゃないから行かなかったけど」

「ツーリングしてる時、たまたま修旅の場所通って氷雅ひょうがに頼まれてきょうと3人で写メったな」

 飛高ひだかくんがそう言うと私は驚く。


「え、氷雅ひょうがお兄ちゃん、修学旅行、行かなかったの!?」


「あぁ。お前が行けって言うから、行ったことにしただけだ」


 そうだったんだ……。


「今年も俺んとこの族は行かねぇぞ」

「でもお前は違う。族じゃねぇ」

「金のことなら心配すんな。俺がなんとかするから。行けよ」


「違う……私も行かない。明日の土曜日に退院だけど無理はだめだと思うから」


「……そうか。でも高校の修旅は一度きりだ。それでほんとうに後悔しねぇのか?」


 私はへらっと笑う。

「うん、大丈夫」


 月沢つきさわくんが口を開く。


「…嘘笑い、やめろよ」


「え」


「…ほんとは行きたいんだろ?」

「…行って来いよ」


「でも月沢つきさわくんが…あ……」

 私は右手で自分の口を隠す。


「…やっぱ俺のこと気にしてたんだな。俺は行けねぇけど夕日ゆうひ達3人と楽しんで来いよ」


「よっしゃ! 怜王れおもこう言ってるし、行こうぜ」

 三月みつきくんが明るく言う。


「修旅とか行きたくないけど怜王れおがそう言うなら仕方ないね」


凜空りく、いっぱい写メ撮ろうね! ありすも班別の時、一緒に回ろ!」


「うん」

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