Ice lolly3⋈③


「え、猫!? よだれ垂らしてて可愛くない!?」

 15分後。カップラーメンのふたを開けた夕日ゆうひちゃんが興奮気味に声を上げた。


 シーフード味のカップラーメンからは湯気が出ている。


 テーブルを囲うように月沢つきさわくん、私、夕日ゆうひちゃん、夜野やのくん、三月みつきくんが座っていて、


 テーブルには空のノンアル缶酎ハイ、

 酎ハイ入りのグラスに突っ込まれたサワー味のアイスキャンディーが5つに、コーラ、

 しょうゆ、シーフード、カレー味のカップラーメン、

 チップスのお菓子等たくさん置かれていて、色々な香りが部屋中に漂う。


「ほんとだ、ふたの猫、可愛い」

 私が夕日ゆうひちゃんのカップラーメンを見ながら言うと、


「俺のブタ猫なんだけど!?」

 三月みつきくんが驚きながら叫ぶ。


「お、レアじゃない?」

 夜野やのくんが三月みつきくんのカップラーメンを見ながら言う。


「あはは、しょうそっくり〜」

 夕日ゆうひちゃんが楽しそうに言うと、


「…ベランダの仕切り板壊したの、このブタ猫にそっくりだったな」

 月沢つきさわくんが耳元で囁く。


 私は、ふっと笑う。


「何? もう秘密の誘い?」

 夜野やのくんが月沢つきさわくんに聞くと、


「…ちげぇよ」

 月沢つきさわくんが短く答える。


「なんだ、残念」


「…残念がるな」

「…星野ほしの、はい」

 月沢つきさわくんがカップラーメンのふたを開けてくれた。


 服も汚したくなかったし、氷雅ひょうがお兄ちゃんに香りでバレたらマズイと思って、

 月沢つきさわくんと同じしょうゆ味にしたけど、ほんとは三月みつきくんのカレー味が食べたかった…。


「ありがとう…あっ、私のは夕日ゆうひちゃんと同じ猫」


「…俺も」


 私に続けて月沢つきさわくんが言うと、シーフード味のカップラーメンを見ながら夜野やのくんがにっこり笑う。


「あ、俺のもよだれ垂らしてる。高校の夕日ゆうひみたいに」


「ちょ、はぁ!?」

 夕日ゆうひちゃんは顔を林檎のように赤らめながら叫ぶ。


「高校の夕日ゆうひちゃん?」

 私が尋ねると、


「今はハイテンションでガサツだけど、高校ではクールでいつも寝てるんだよ」


「何!? 凜空りく、ガサツって!」


夕日ゆうひ、命令多いもんな~」

 三月みつきくんは笑いながら言う。


 夕日ゆうひちゃんが睨むと、


「しゃあーせん」

 三月みつきくんが謝る。


「だってさ、深夜活発な分、朝、眠ぃし」


 深夜活発なんだ…。


「でもよだれは垂らしてないから!」

「それにこれでも凜空りくとは同クラだし」

「ウィッグ被るの我慢して関係バレないようにいつも必死なんだからね」

凜空りくとのことはここにいるウチらしか知らないし」


 夕日ゆうひちゃんもウィッグ被ってるんだ…。


「地毛黒だから、なかなか上手く染まんなくて嫌になる」

「夏休みになったらもっと染める予定~」

 夕日ゆうひちゃんが私に向かって言うと、


「そうなんだ」

 私は胸元に右手を当てながら力なく笑う。


 いいな、黒髪。

 どうして私は黒髪じゃないんだろう。


 月沢つきさわくんは私の頭を撫でる。

「…麺伸びる、食べよ」


「うん」


 月沢つきさわくんが割り箸でカップラーメンを食べ始めると、

 私も割り箸でカップラーメンを食べ、酎ハイ入りのグラスに突っ込まれたサワー味のアイスキャンディーを飲む。


 カップラーメン美味しい。

 酎ハイもアイスキャンディーが程良く溶け、甘くて刺激的で、

 アルコール入ってないのに酔いそう。


「おい、ありすちゃん、酔ってね?」

 三月みつきくん が言い、月沢つきさわくんは酎ハイを飲みながら私を見る。


「結局酔わせたんかよ、総…」

 三月みつきくんの口を夜野やのくんが右手で塞ぐ。


 総…?

 え、何!?


 三月みつきくんが目で謝ると、

 夜野やのくんは口から右手を離して月沢つきさわくんに笑いかける。


「…………」

 月沢つきさわくんは無言で夜野やのくん見つめた後、右手を伸ばして私の頬に触れる。


「…星野ほしの、頬が赤い」

「…一旦ベランダに出よう」



「…あ、涼しい」

 月沢つきさわくんと一緒にベランダに出ると熱が少しだけ冷めた。


「…酔わせてねぇから」


「分かってる」

「多分、初めて缶酎ハイ飲んで体がびっくりしたのと」

「このウィッグのせいだと思う。熱込もるから」

 私はそう言って苦笑いする。


「…カップラーメン、ほんとはカレー味食べたかった?」

 月沢つきさわくんが無表情で尋ねてきた。


「…!」


 え、バレて…。


「なんで分かったの?」


「…あー、目線で」


 月沢つきさわくんは頭をぽんぽんする。

「…刺激的なのは、また今度な」


「っ…」


 また今度?


 あ、月沢つきさわくん、優しく笑って…。

 月沢つきさわくんが笑ったの初めて見た…。


 昨日までは隣のベランダに私はいて、

 仕切り板の穴から月沢つきさわくんを見てた。


 だけど今、同じベランダに、

 月沢つきさわくんの隣に私はいる。


 でも、家に帰ったらもう、


 “2度と会えないかもしれない”


 私は急に不安に陥り、曇った夜空を見上げた。


「もし、会えなかったら?」


「…星野ほしの?」


 私の我儘わがままだって分かってる。

 だけど――――。


 私は涙をこらえながら月沢つきさわくんをじっと見つめる。


「ベランダだけじゃなくて、こうやって」

「高校でも会いたい」


 兎がいそうな大きな満月は雲に隠れるのをやめて姿を現す。

 昨日より更に欠けていて、

 夏の夜空の星々はそれに負けずとキラキラと輝き始める。


「…分かった。時間もねぇし」


「… 星野ほしの、俺、明日から高校行くわ」



「…じゃあ、かけるぞ」

 ベランダから居間に戻って食べ終わった後。月沢つきさわくんが私の髪にドライヤーをかけた。


「これで少しは香り消えるだろ」


 私は床に座っていて、ゴーッとドライヤー音が部屋中に鳴り響く。


 温風モードで熱い……。


「ドライヤー前に消臭スプレー私達がかけたし」

「これでお兄ちゃんにバレずに済むね」

 夕日ゆうひちゃんが右手の親指を立てる。


「みんな、ありがとう。ラインも」


 友だち

 夜野凜空やのりく

 三月翔みつきしょう

 姫浦夕日ひめうらゆうひ


 カップラーメンを食べてる時にラインのID交換をして、『お兄ちゃんに黙って出て来たから香りでバレたらマズイ』って言ったら、みんな協力してくれた。

 名前は月沢つきさわくんにだけ知っててもらいたくて言えなかったけど…。


 ドライヤーのスイッチが切り替えられ、冷風が背中に当たる。


「ひゃっ」


「…星野ほしの、変な声出すな。やりずらい」


「ごめんなさい」


 でも冷風、気持ちいい。


「思い出すなぁ。のぞむ先輩のこと」

「仕方ないねって」

のぞむ先輩も夕日ゆうひに頼まれて、こうやってドライヤーかけてたっけ」

 三月みつきくんが懐かしがりながら言う。


のぞむ先輩?」

 私は聞き返す。


羽鳥望はとりのぞむ先輩」

「2つ上の先輩で仲良かったんだけど高校辞めちゃってさ」


しょう

 夜野やのくんが止めると、


「…ベラベラ話てんじゃねぇよ」

 月沢つきさわくんが怒りを交えた声で言う。


「しゃあーせん」

 三月みつきくんは頭を下げて謝った。


 月沢つきさわくんが怒るなんて…。

 よっぽど大事な先輩だったんだろうな。


「…出来た」

 月沢つきさわくんはドライヤーの電源をオフにする。


月沢つきさわくん、ありがとう」

「これで帰れます」

 私は床から立ち上がる。


「…玄関まで送る」

 月沢つきさわくんがそう言うと、


「ありす、また高校でね~」

 夕日ゆうひちゃんが手を降った。


 私も振り返し、月沢つきさわくんと一緒に玄関まで歩いて行く。


 そして靴を履き、扉の前に立つ。


「…今日、来れて良かった。楽しかった」

「…月沢つきさわくん、明日、高校来るよね?」


 月沢つきさわくんは靴を履き、私を隣からぎゅっと抱き締めた。


 私はドキッとする。


「…あぁ、約束」

 月沢つきさわくんは耳元で甘く囁くと私の頭をぽんぽんして、


 ガチャッ。

 鍵を開け、右手で扉を開ける。


 私は涙を堪えながら外に出ると、扉がぱたんっ、と閉まった。



怜王れお、“明日、高校”ってどういうこと?」

 後ろから凜空りくが腕を組みながら尋ねる。


「…はぁ、聞いてたのか」

「…そのまんまの意味だけど?」


「ありすちゃんに近づいたの」

「“名前がありす”だけじゃないよな?」

「あの子、何者?」


「…………」

 怜王れおは無言で靴を脱ぎ、居間に戻っていく。


 凜空りくは戻って来た怜王れおの右腕を掴む。

「明日から高校って本気かよ」


「え」

 夕日ゆうひは驚く。


怜王れお、マジで!?」

 しょうが聞くと、


「…あぁ、本気だ」

 怜王れおが真面目な顔で答える。


怜王れおが登校したら恐らく暴走族黒雪くろゆきにも情報流れるだろうね」

「俺達はいいけど1番危険なのはありすちゃんだよ」

「総長なこともバレるかもしれない」

 凜空りくがそう忠告すると、怜王れおは掴まれていた手を払う。


「…大丈夫だ」

「…それに」


 怜王れおは、ふっ、と笑う。

「あいつら相手すんの」

「…ナンバー2の凜空りく

「…ナンバー3のしょうがいれば余裕だろ?」


「そそ、孤人こびとの集まりなんて余裕よね?」


「総長と夕日ゆうひに言われたらもう応じるしかないね」

 凜空りくは、にっこり笑う。


 しょうが頭を下げる。


「総長、明日から高校でも全力で守らせて頂きます」



氷雅ひょうがお兄ちゃん、まだ寝てて良かった…」

 私は部屋でトップスとショートパンツに着替えていた。


 黒のふわロングのウィッグを取って、それ専用のハンガーにかけ、スマホの時計を見る。


 え、もう3時!?

 月沢つきさわくんの部屋に3時間いたんだ…。


 ……あ、月沢つきさわくんからライン!?

 マナーモードにしておいて良かった…。


 私はトークをタップし、ラインのトーク画面を開く。


『…部屋着いた?』


 月沢つきさわくんと初ライン…ドキドキする。


『うん。バレずに済んだよ』


『…良かった。星野ほしのおやすみ、また明日な』


『うん。月沢つきさわくん、おやすみなさい』


 トークが終わると私はスマホをぎゅっと抱き締め、鞄の中に隠してベットに寝転がる。


「……疲れた」


 夢みたいな一日だったな。


 両目にじわりと涙が浮かび、

 きらきらと星のように光っては頬から零れ落ちていく。


 今日はもう、

 興奮して眠れそうにないや。

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