惑星Q

青木雅

N/A


 あなたは宇宙船の予期せぬ故障により、致し方なく惑星Qに不時着した。外部との通信を司る機器は破損してしまっていたが、幸い惑星Qはあなたのいた星とよく似た環境で、宇宙船を直して再出発するまでの間どうにか生きられそうだと安心した。



 惑星Qに広がる空はイエローがかっていて、あなたはそれをとても美しいと感じた。遠くに目をやると真っ赤な海や大きな森が見える。あなたはそのうち行ってみようと考える。



 惑星Qの先住民たちとあなたの出会いは、あなたが不時着してからおよそ三時間後のことだった。先住民たちは真っ白で大きな翼を持っている。背はあなたよりも二回りほど小さくて、大きくて真っ黒な眼はあなたを興味深そうに見つめた。あなたは彼らを見て、天使のようだと思う。

あなたは先住民たちに敵意がないことを悟り、コミュニケーションを試みようと装置を取り出して彼らの言語を分析した。

 彼らはあなたを見てひそひそと何かの言葉を繰り返している。分析の結果、それがあなたの星で言う「かわいい」に相当するものであることがわかり、あなたの方も友好的に接することに決めた。



 彼らはあなたの手を取り、彼らの集落らしきサイロのような丸い屋根の集まる場所に連れて行った。祭壇のような場所にあなたを立たせるとあなたを囲うようにずらりと並び、みな一斉に踊りを始めた。その踊りは盆踊りによく似ている。あなたをそれを見て懐かしいと感じる。

 あなたはその晩彼らの家に招かれてそこで一夜を明かした。彼らの振舞ってくれる料理はあなたの星のものよりも安全でその上おいしい。あなたはもうずっとここで暮らすのも悪くないかとさえ思った。夜空には見慣れない配置の星々が輝いていた。



 先住民たちの翼は飛行用ではない。翼に形が似ているから便宜上翼と呼んでいるだけで、実際には感情表現を担っている。感情が高ぶったりすると開いたり羽ばたいたりする。それを使った伝達ゲームのような遊びもあり、あなたは子どもたちにそれを見せてもらったがこれは分析してもまったくわからなかった。



 あなたがいつものように宇宙船の修理をしていると、彼らがあなたの元に訪れてあなたを海に誘った。あなたはそれに応じる。

 海には魚が泳いでいる。魚と言っても偶然魚に似ているだけで、あなたの星の魚とはまったく別の生き物だった。鱗がなくてつるつるしているし、透明な水に入れると海の赤い水を吐き出して透明になる。海水も塩辛くない、水のような何かに過ぎない。けれどあなたの体にどうやら害は無いらしいのであなたはあまり気にしなかった。あなたは彼らと一緒に釣りを楽しんだ。釣った魚を集落まで運ぶのを手伝ってやり、それから特に仲の良い先住民のところには一番大きな魚を持って行ってあげた。

 その先住民はアンテナという名前で、あなたはその名前を気に入っていた。彼女の翼は他の先住民よりも大きくて、彼女はそのことを恥じている。けれどあなたは彼女の大きくて美しい翼を褒めて、いつでも彼女を励ます。あなたと彼女はいつしか愛し合うようになる。



 ある晴れた日に、あなたはアンテナを誘って森に出かける。森の入り口は集落の墓場があり、アンテナは自身の家の墓をあなたに教えた。墓には言葉は何も刻まれていなかった。

 あなたはアンテナと手を繋ぎ森へ入っていった。

 森の中には木々の葉の隙間から幾筋かの光が差していて思いのほか明るい。惑星Qの植物はあなたの星の植物とよく似ている。あなたはそれが嬉しくて何度もアンテナに自分の星の話をする。アンテナもそれを喜んで聞く。やわらかく吹く風がかすかに涼しく、あなたは心地よいと感じた。

「私の故郷には、何千年も時間が止まっているかのように姿を変えずに鎮座している木があるの。私はその木が大好きで、小さい頃から洞に入ったりして遊んでいた……」

 アンテナはそれを聞いて、この森で一番古くて大きな、神聖な大木を案内すると言った。あなたも是非見てみたいと応じる。

 その木に向かう途中、あなたは一つのこじんまりとした墓標を見つける。アンテナに尋ねてみると、昔あなたのようにここを訪れた者の墓だという。あなたはもっと詳しく知りたくなったけれどそれはアンテナの生まれるよりずっと前のことであるらしく、集落に戻ってから老人に聞くことにした。

「あれ……」

 アンテナが指さした先にあったのは、あなたの思い出の木にそっくりだった。あなたはこれに近寄り、幹に手を伸ばす。

「いけない!」

 アンテナに止められてあなたは我に返る。この木は先住民にとって大事なもので、触れてはならない決まりになっているのだと、アンテナは説明する。あなたは少し残念に思う。

「ごめんね」

それから二人は来た道を戻った。アンテナが疲れたというので、あなたは彼女をおんぶして歩いた。森を出たところで子どもたちに見つかってからかわれる。アンテナは顔を赤くして、あなたの背中からから翼を広げ子どもたちに威嚇した。あなたはそんなアンテナをとても愛おしいと思う。



 森へ行った日の夜、あなたは集落の老人に森の中にある墓について尋ねた。老人は懐かしそうに、穏やかな口調で話す。

「あれは私がアンテナと同じくらいのことだった。あなたと同じように、彼はここに降り立って私たちと出会い、親交を深めた。私は彼と愛し合った。彼は死ぬまで私たちと暮らした。彼は森をすごく気に入っていたから、私は彼をあそこに埋めた」

 あなたはそれを聞いて少し動揺する。それからアンテナの方をちらりと見る。アンテナはあなたから目を逸らしていた。あなたが困っていると老人が再び口を開いて言った。

「そういえば、彼は彼の星の文字で手紙を書き残していた。私たちには読めなかったから、よければあなたに読んでみて欲しい……」

 そう言って老人は重い腰を上げて立ち上がり、戸棚から手紙を見つけてきてあなたに渡す。あなたはそれを開いてみる。

 手紙はあなたの星の文字で書かれていた。紙がかなり劣化していたがおおよそ通読できそうに見えたので、あなたはそれを読み始めた。そこにはこんなことが書かれていた。

これが読めるとうことは私の星の住人か、あるいは言語を分析できる装置を所持している別の星の者ということになるだろうか。何であれ、読めるのであればどうか最後まで読んで欲しい。これは私の遺書であり、簡単な調査報告だ。ここに書かれた内容はすべて私の推測に過ぎないが、しかしあながち見当違いというわけでもないらしいことを一応言っておく。一切の通信機器は不時着の際に破損してしまったため、このような形でしか残せないことを残念に思う。

 まず先に述べたように私の外部との通信ができる機器はこの星の地上にたどり着くまでに破損してしまったのだが、それはこれを読んでいるあなたも同じではないだろうか。この星の大気は実に特殊だ。おそらく大気圏内に何らかの仕組みがあって外部との繋がりが無理やり絶たれるようにできている。そして先住民たちと出会い、彼らと楽しく暮らすことが出来る。生殖でさえ。そして、これらは一切が必然的に出来ているのだ。なぜ必然的かと言えば、もう単刀直入に言ってしまおう、この星は一つの大きな生き物で、先住民たちは我々をこの星に留まらせるためのいわゆる疑似餌のようなものなのだ。私はここに来るまでは医師をしていて脳波を調べる装置を所持していた。それである時彼らの脳波を調べさせて貰ったところ、彼らにはそれらしいものが一切みられなかった。我々が生きる次元の宇宙にはそんな生物は一つたりとも存在しないのだから、これは彼らが非生物の何かであるということを示している。ただし言葉を交わしたり食事を摂ったりできる原理はまったくもって不明。遠い昔に似たような思考実験があったが、これはちょうどそのようなものだと言えるだろう。私は単純な恐怖、不安からこれを彼らに伝えることはできないが、もしもあなたが興味があるというのならやってみるといい。おそらく大したことは起きないだろうが。

 私の宇宙船は破損が大きすぎて直せそうになかった。だから諦めてこんな風に記録を残しているわけだ。果たして宇宙船が直ったところで脱出ができるのかも不明だが。とにかく私は諦めた。この集落を終の棲家にしてブレーキ(老人の名前だろう、とあなたは思う)と静かに老後を過ごすことにする。せめてもう少し若ければまだあがいてみせたことだろうが、老いとは残酷なものだ。とはいえ、彼女たちが仮に非生物の幻影か何かだったとしても、こうしてずいぶんと幸福に暮らしているのだから、結局のところは捉えようだと、学者である以前に人間である私は思う。なんにしても。あなたも自分の意思でせいぜい頑張ってくれたらいい。

(追記)

私はこの星を惑星Qと名付けることにした。寂しがり屋で、人を寄せ付けて離そうとしないわがままな星だ。私はもう長くない。先住民は我々よりずっと長く生きるから、ブレーキが寂しい思いをするかもしれない。よければ、彼女のことをよろしく頼む。

手紙を読み終えたあなたは平然としている。心のどこかで、こんなことだろうと思っていたらしい。手紙は元のように折りたたんで封筒に戻した。老人にどんな内容が書かれていたか聞かれたので、あなたは、ブレーキが寂しがっているかもしれないのでのでよろしく頼むと書かれていたと答える。老人はすっかり照れた様子で両手で顔を覆い隠し、翼を広げてばたつかせる。あなたは彼女をしばらく宥めてから、アンテナを連れて老人の家を出た。その日は星特別よく見えた。二人はそれを眺めながら歩いた。ふとアンテナがあなたに言う。

「あの手紙、けっこう長いものに見えたけど、本当にブレーキのことしか書かれていなかったの……」

 あなたは躊躇いなく嘘をつく。

「本当だよ。くどくどと、似たようなことを言葉を変えて繰り返し綴っていた。本当にあの老人のことを愛していたんだろうというのが伝わって来たよ」

「そう……」アンテナは納得したらしい。「私たちも、そういう風になれるのかな」

 アンテナはこういった瞬間にハッとして、あなたに目を合わせないように走ってどこかに行ってしまった。あなたは慌ててそれを追いかける。

 あなたは走りながら考える。アンテナの言ったことを。手紙に書かれていたことを。



 仮に手紙に書かれていた推測が正しかったとして。あなたはあなた自身に問う。アンテナたち原住民があなたをここに留めて置くための疑似餌に過ぎない存在で、実際にあなたの言葉を理解してあなたと同じように物を考えて生きている訳ではないのならば一体その目的とは? あなたは考えたが答えは出なかった。あなたにとっての他者は、あなたに対する振る舞いより深い部分に存在しているものではない。あなたは目に映るもの、触れるものすべてが表面に張り付いた情報のようにしか思えなくなっていた。アンテナやパパラパと交わした言葉の数々が脳裏をよぎる。あなたは少し孤独な気分になった。


10


 あなたは宇宙船の修理に行き詰っていた。不時着時にかき集めてあったはずの、いくつかのパーツが消失していることにあなたは気づく。あなたはアンテナと同世代の先住民で最近よくあなたの元を訪れて修理を手伝ってくれる若者のパパラパを呼び、一緒に探してくれるように頼んだ。パパラパは子どもたちを疑ったけれど、あなたはそれはないだろうと言う。あなたは先住民たちをとても信頼していた。それでもパパラパは念のため、と言って子どもたちを問い詰めたが結果疑いは晴れた。依然パーツは見つからなかったが、あなたはひとまず安心する。


11


 散歩の途中で転んだアンテナにあなたが手を伸ばす。アンテナの手があなたの指先に触れる瞬間、あなたは緊張していた。あなたがどこか張り詰めた感覚を自らに覚えているのをアンテナは奇妙に思った。

「どうかしたの。手に何かついてたの……」

「違うよ、そうじゃなくてね……」否定して、あなたはアンテナの手を強く握る。

「い、痛いよ? ねえ」

アンテナが少し怯えた表情で言う。

「ごめん……」

「何かあった? もしかしてまたパパラパ? 何かあの子があなたを困らせてるなら、私から何か言っておくよ?」

「何でもないから、もう戻ろう?」

 アンテナはそれきり、時折あなたの方を訝しげに覗いたが何もあなたに尋ねなかった。あなたは心のどこかで、アンテナにすべてを問い詰めて欲しいと考えていた。


12


 惑星Qには、一度入ると戻れなくなってしまう場所がある。あなたはそれを子どもたちから聞いた。子どもたちは時々、チキンレースのようにどれだけそこまで近づけるかを競い合い度胸試しをしているらしい。それが本当ならばとても危険なことだけれど、大人たちが誰一人止めてはいない以上、彼らが勝手に作り出したルールか何かなのだろうとあなたは思う。

「でも、本当に帰ってこれなくなっちゃった子もいる」

 一人が言った。他の子どもたちもそれに同調する。

「森よりもずっと奥の方に大きな塔があって、何階建てかもよくわからないくらい高くて、一番上まで登ると……」

 そこで全員が口ごもってしまう。あなたは強いて聞き出すようなことでもないと思い、宇宙船の修理に戻る。子どもたちも一瞬で忘れてしまったかのようにまた騒ぎ出してどこかへ駆けていった。


13


 あなたが最初に身体の関係を持ったのはパパラパだった。アンテナは純真で、そういったことを徹底的に避けていた。もしそんな話を振ろうものなら翼で思いきりはたかれた。あなたは何度かそれを経験している。


14


 あなたは不意に、故郷の星の恋人のことを思い出す。もはや名前を思い出すのにすら時間がかかってしまうようになっていた。あなたはそのことに愕然として、どうにか思い出そうとした。しかし脳内ではっきりと像が結ばれないまま、ぼんやりと存在だけを確かめることしか叶わなかった。ただ、声だけははっきりと思い出すことができた。やわらかい調子で、あなたをからかっていた声。いやにゆっくり話すので、せっかちなあなたは時々それに苛立ちを覚えていた。


15


 宇宙船の修理は、足りないパーツがあることを除いて大方完了していた。あなたは日中することが無くなってきたために集落で寝泊まりしたり、海や川で生き物を観察して過ごした。アンテナはここのとろあまりあなたに会いたがらない。見かけるたびに気まずそうな表情になり、それからどこかに行ってしまう。一方パパラパは頻繁にあなたの元を訪れた。アンテナはあなたに裏切られたと思っているのかもしれないとあなたは思う。しかしパパラパの誘いを断ることも出来なかった。


16


 ある日、あなたが目を覚ました直後、子どもたちがあなたのもとを訪れて塔を見に行こうと言った。あなたはまた快諾して支度にとりかかる。あなたは性格的な問題から誘いをあまり断ることが出来なかった。

 森を抜けた先に、二十メートル近いの高さの、白く塗りこめられた塔があった。話に聞くほど高い建築ではないが確かに大きい。表面には疎らに穴が開いていた。あなたは子どもたちに手を引かれて塔に近づいていく。先端部分は黄色い空との境界が曖昧になって見えた。

 入ろうとしたその時、中から集落の若者が出てきた。彼はあなたと子供たちを見つけていきなり怒鳴りだす。

「子どもは入っちゃダメって決まりだろうが! 祭りの時でもだぞ!」

 どうやら祭祀に関わる塔であったらしいとあなたは理解した。子供たちは一斉に走り出してどこかに行ってしまう。あなたは独り取り残されて若者と向かい合った。

「ああ、あんた。この前は、トロッコに手紙を読んでくれてありがとう。実は、あれ以来元気な様子だったんだが、昨日から具合が悪くなって寝込んでいる。ちょっと顔を出してやってくれ……」

 あなたは了解して集落に戻る。さっきの子どもたちが、申し訳なさそうに森の入り口あたりであなたの方に来る。

「さっきは、逃げちゃってごめん……」

「怒られた?」

「別に……」

 あなたは首を横に振る。子どもたちは安堵した様子でまたどこかに駆けていった。

 集落に戻ってみると、老人の家の前に何人かの村人が立っている。そのうちの数人が不安そうな表情であなたの方をちらりと見た。

「大丈夫かな……」

「早く元気になって欲しいな……」

 聞けば彼らはお見舞いの帰りで、家を出たもののやはり心配であるらしかった。あなたは老人の人望に感心し、家の中に入ろうとする。そのとき一人の村人があなたに言う。

「あなたに会えばきっと喜ぶから……。あと、アンテナがまだ中にいる……」

 あなたは小さくうなづいてドアを開けて家に入った。家の中は薄暗く、寝室の扉が開いていたのであなたは真っすぐ入っていく。

 アンテナは、昼下がりの光が差す窓際のベッドで息苦しそうにしている老人の手を取っていた。それからおもむろにこちらを見て、戸惑った表情を見せる。

「……」

 黙り込んだアンテナに、あなたはためらうことなく話しかける。

「ねえ、大丈夫そう?」

「ん……」アンテナは翼をすぼめてうつむいて言う。「きっと、大丈夫だから」

「そう……」

 老人のひゅうひゅうというかすれた呼吸音が部屋の中に響く。あなたはほんの少しだけ、アンテナに苛立ちを覚えた。

 あなたは改めて老人の方を見る。苦痛を顔に浮かべ、うっすら目を開いてこちらを見た。

「あぁ、いらっしゃっ……グフッグフッ……」

 老人がせき込む。あなたは不意に老人に見せられた手紙の内容を思い出した。この老人は、本当に寂しい思いをしているのだろうか。そんな考えが頭の中をよぎったけれど、その時アンテナの頬に伝う一筋の涙が目に入った。

「大丈夫、だよ」あなたはアンテナと老人の手を恐る恐る取ってゆっくり口を開く。

「何」

「どう……した、の……」

「きっと、全部大丈夫になるから……」

 それはあなたの困ったときに出る口癖だった。あなたは無理やり口角を上げて笑ったふりをしている。それからゆっくり手を放して部屋を出た。

 そしてその次の日、老人は死んだ。


17


 あなたは老人の訃報を部屋に駆けこんできた子供たちに聞かされた。あわてて支度をし老人の家に向かってみると、集落中の者が押しかけて翼をばさばさとひしめかせていた。昨日の自らの行動を思い返したあなたの背中に冷汗が滲んだ。

 あなたが呆然として老人の家の前に立っているとアンテナが家の中から人並みをかき分けて出てくるのが見えた。彼女はまっすぐあなたの方へ歩いてくる。

「大丈夫じゃ、なかった」アンテナが震えた声で言った。

 あなたはアンテナを抱き寄せる。彼女の涙があなたの胸のあたりを濡らした。

「私、あなたに、謝らないといけないことがある……」涙声のアンテナが振り絞るように、かすかな声であなたに言った。「船の部品、隠したの私なの、だから、だから……」

 アンテナの翼が暴れる。あなたは何も言わなかった。

 

18


 老人の葬儀は森の入り口で焚火を囲んで行われた。原住民たちは翼を震わせて悲しそうにしている。あなたはそれを遠巻きに眺めていた。

 アンテナが遺体から翼を切り離し、森に持って入っていくのが見えた。その時アンテナと目が合って、あなたはそれに付いていく。

「これだけはね、埋めないで森のあの木の根元に置いてくるんだ……」目線を合わせずにアンテナは言う。「部品は、これが終わったら、ちゃんと返すから」

「うん」

 あなたは淡白な返事をしてそれ以上何も言わなかった。


19


「どうしてこんなことをしたのか、聞いてもいい?」

 葬儀の帰り道、穏やかな口調であなたがアンテナに問う。既に日が暮れかけていて、空の黄色がすっかり深まってきている。アンテナは伏し目がちでぼそぼそと答えた。

「船、直っちゃえば、あなたは行ってしまうでしょ……」

 あなたは手紙の内容を思い出す。

「私を、この星に引き留めたい?」

「……」

 黙り込むアンテナの手をあなたは取る。その骨ばっていて冷たい指先の感覚があなたにはとても懐かしいものに思えた。二人の間に神妙な沈黙の時間が流れた。

 その時パパラパがやってきてあなたたちに声を掛けた。

「何してんの。手なんか繋いじゃってさ」

「別に」あなたが答えた。「ブレーキのこと話してただけだよ」

 アンテナがあなたの方をちらりと見たがやはり何も言わなかった。

「ああ、そお……」

 パパラパはそう言うと去って行った。

それからあなたはアンテナを家まで送り、約束のパーツを受け取った。

「これ……」

 あなたはパーツを受け取り、アンテナの頭をやさしく撫でた。

「大丈夫、だからね」


20


 あなたは修理を終えた。出発の準備も整えたところで、この星で暮らした日々を思い返した。天使のような姿をした原住民たちとの暮らしは、あなたにとって故郷の星よりも人間らしいものに思えた。この星に残って過ごす余生を想像した。それがこの星の狙い通りだったとしても、それはとても心地よいものだとあなたは感じている。

 しかしあなたはアンテナを呼び、皆には内緒で、今から出発することを伝えた。何か言いたそうなアンテナの耳元で一言「ありがとう」と言い、あなたは耳につけた言語分析装置と自動翻訳機を兼ねた機械を外して足で破壊した。

 アンテナの翼が不規則にバタバタ動く。立ち尽くす彼女があなたに何か短い言葉で告げたが、あなたにはわからなかった。あなたは宇宙船に乗り込み、ハッチの蓋を閉じて出発する。


21


 あなたは惑星Qを出た。黄色い空も赤い海も、すべて嘘であったかのようなやわらかいブルーが窓から覗いていた。


22


 あなたは故郷の星に無事帰り着いた。不時着してからおよそ半年が経過していた。そして恋人の誕生日であることにあなたは気が付く。

 あなたはまず恋人に会いに行った。土砂降りの中、傘も差さずに。

 あなたはインターホンを押す。中から一つ大きな物音がして、それからどたどたという足音が聞こえた。

 ドアが開いて、あなたは恋人に再会する。困惑したまま硬直している彼女にあなたはおそるおそる手を伸ばした。冷たい、細い指があなたに触れた。

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