竜金琴子の数奇な運命~豪運娘は暗殺者に恋をする~

福萬作

序章

 ――母が死んだ。

 竜金レナータ。異国の響きを持つこの名の通り、琴子の母はイタリアの血を引いていた。

 しかし、祖母が日本人だった為、髪と瞳は黒く、彼女に異国の血を感じさせたのは彫りの深さくらい。

 

 温かく、静かで、包容力がある女性。

 琴子は母が手づから淹れてくれた日本茶を、庭に面した居間で飲みながら、庭で身体を動かす父を応援するのが好きだった。


 ……今、父が遺した日本家屋はしんと静まり返っている。

 

 誰も居ない居間を無表情で一瞥してから、琴子はレナータの部屋に向かった。

 

 きい、と軋んだ音を立ててレナータの部屋の扉を開ける。レナータの入院以来なので半年ぶりだろうか。換気していない室内は埃っぽい。真っ先に窓を開けると、ひんやりとした空気と日の光が差し込んでくる。


(もう冬か……秋のなんて短いこと……)

 

 レナータの部屋は6畳ほど。机と本棚、クローゼットが一つ、寝台は別室にある為ここにはない。壁には父や琴子と共に撮った写真、琴子が描いた絵などが所狭しと飾られていた。

 

「......母さん……父さん......」

 

 机の写真立ての一つを持ち上げる。大学の入学式で両親と一緒に撮ったものだ。


(……たった二年の内に……こんなにも、早く、お別れがくる……なん、て……)

 

 父は交通事故、母は病気――心不全、ということになっている。

 レナータは、夫を突然事故で亡くしてしまってから精神のバランスが崩れた。琴子にはぎりぎりまで優しく接し、子供の前では笑おうとするけど、日に日に痩せ細っていく。

 食事もろくに摂らず、外に出ず、眠れず、そしてある日。あの居間で二枚の写真を抱いたまま、眠るように息を引き取っていた。

 

 発見したのは、琴子だった。

 

「......さて、探すか!」

 

 込み上げるものを誤魔化すように声を出しながら写真立てを戻す。


目的は、レナータが最期まで叶えられなかった願いを探すこと。


 レナータが最期のその時まで握り締めていたのは、親子三人で撮った写真の他に、もう一つ、見知らぬ親子が写っている写真だった。


 何処かレナータの面影を残すいかにも大和撫子といった和装の女性と、女性に似た十代前半とおぼしき少女。そして二人の横には青年――彫刻のように彫りが深く、口を真一文字に結んでいて、カラーでなければ本物の彫刻に見える青年が、椅子に腰掛けていた。

 

 それらが誰なのか、写真の裏に名前がなければお手上げだっただろう。そこに書かれていたのは『✕✕✕✕母古都ゑ、愛する兄ドナート』――古都ゑは琴子の祖母の名だ。✕の所はペンでぐしゃぐしゃになっていて読めなくなっている。

 

 琴子の名前は、琴子が幼い頃に亡くなった祖母からもじったものだと聞いていたので、祖母の存在は知っていた。

 

 しかし、母に兄がいたことを、琴子はこの時生まれて初めて知ったのだ。

 

 父親のことは、酔った本人や母、それに両親の友人たちが話してくれるので知っていたが、レナータのことは肉親はもういないこと、ハーフであることを教えられたくらいで殆ど知らなかった。


(知らなくても、母さんが居ればそれでよかったしね)

  

 それなのにここにきて母の兄――琴子の叔父

となる存在が浮上する。

 何故レナータが兄が居たことを口にしなかったか、琴子には検討もつかない。兄妹の容姿を見る限り二人に血の繋がりは感じない為、そこがポイントになっているかもしれない。

 母が兄の写真を抱いたままこの世を去ったことを考えると、何かしらの強い想いがあったことに間違いはないだろう。


 母はまだ四十八歳。写真の兄と見比べて十歳以上二十歳未満の年の歳と考えれば、まだ生きている可能性が高い。それならば、母の死を伝えるべきではないだろうか。


 そう考えて、琴子は母の兄ドナートの手がかりを求めてこの部屋にやってきたのだった。

  

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