ユウになれない僕ら
シロニ
第1日「初めまして兄さん」
時は遙か遠くの新時代3XXX年、舞台は神奈川県横浜市のとある街「ニューヨコハマ」この世界には「メタモル」とても不思議な生き物が存在する、メタモルは銀で構成されたスライムの様な生き物でどんな形にも変化する、特に興味深い性質が「どんな生き物の細胞も模倣することが出来る」という点だ。
メタモルは今社会で内蔵や四肢の複製や輸血用血液の補充など医療面を主に様々な用途で期待されており研究が進められている。
そんなメタモルを1社で全て保有し、研究も進めている有名企業「株式会社メタモル社」近年横浜市ではこの会社が提供する新事業「メタモルサービス」が人気を博していた、そのサービスの内容は...
◇ ◇ ◇
横浜市S区、ニューヨコハマの住宅街、そのとある民家にグレーのパーカーと白い長ズボンという如何にもラフな格好といった青年が扉を開けて帰宅する、その右手にはコンビニで買った飲み物やお菓子が入っている。
彼は扉を開けると何やら家が不自然に静かなことに気づく、彼の家は【5人】暮らしの2世帯住宅、夕方であるこの時間帯はキッチンからの音でまるで真冬の森林のようにここまで静かなことは滅多にない。
「...?なんだか変に静かだ。じいちゃんたちは出かけたのかな...」
青年は家の中、いつもは居るはずの家族を探す、そして居間の戸を開けたところで、彼は信じられない光景を目にした。
「おかえりそうた!見てごらん!【ユウ】だよ!」
「おかえりそうちゃん!見ろぉ!【ユウ】だぞ!」
やけにテンションの高い父と祖父が目の前に居たやたら近未来的なスーツを身につけた黒髪の少年のことを指し示す、母はドローンカメラを構えこの瞬間をホームビデオとして録画しているようだった。
ただ1人、祖母はなんとも言えない顔をして、そうたと呼ばれたその青年の顔を気まずそうに見守る。
「兄ちゃん!久しぶり!ケホッ...『また会えた』ね...!」
その少年は人懐っこくも見えるがどこかぎこちない笑顔を見せ、固まっているそうたに向かい抱きついた。
「良かったなぁそうた!これから家族【6人】でまた暮らせるなぁ!」
「そうね、パパの言う通り!これからは6人でまた暮らせるよ!だから...」
母が父に乗じて、喜ばしい様子で何かを言いかけたのを遮りながら、激しく激昂した様子のそうたその少年を強く押し飛ばし感情を溢れさせながら叫ぶ。
「ふっざけんな!!こんなのが【ユウ】なわけねぇだろうが!!こんな...!こんなの...!俺はぜってぇ認めねぇー!!」
そしてそうたはそのままコンビニ袋を父らに向かって投げ捨て、そのまま家の外へと走って飛び出していく。
「そうた!?ま、待ってくれ!そうたぁぁー!!」
「止めなさいこの馬鹿者!」
父が慌てて飛び出した息子を追いかけるのを、祖母が大きな声で叱りつけ止める、祖母のその険しい表情に父は途端に萎縮し目の前に正座をした。
「っ...!?か、母さん!でも!」
「止めなさい、今貴方たちの誰が追いかけてもそう君をもっと興奮させてしまうだけです!」
「でもお義母さん...!私たちはただあの子に立ち直って欲しくて!」
「そんなことは分かっています、でもこんなのはあまりにもふざけています!私はユウちゃんを侮辱しているとしか思いません。だからあの時私は断固反対だと...!あっ...ごめんなさいね...貴方を否定するわけじゃ...」
「...分かって...ます、本当は【私】も...」
母、いや...母だと思われるその女は、深く落ち込み項垂れた。
「ヒナコ...俺は...ただ...」
「分かってますよ、貴方。でも、こんな形ではユウ君も報われない...あら...?『あの子』は?」
ふと気づくと、スーツを身につけていた少年の姿がどこにも見当たらなかった。
「ま、まさか!?そう君を追いかけて!?」
「なに!?だとしたら大変だ!あの子はこの街の土地勘なんて入ってないっていうのに!」
◇ ◇ ◇
息が辛い、もうどれだけ走っているのか分からない、ただがむしゃらにどこか遠くへ行こうとひたすらに走っている。
息が荒くなり額を汗が伝っている、ほとんどそこに出ずに引きこもっている上に、ろくに慣らしもしなかった身体故に俺は10分も持たずにバテていた、いや...坂道が多かったのが原因かもしれない、そして俺はそうやってこの止めようのない怒りからなんとか目を逸らそうとしていた。
そしてそのまま息を荒くしながら歩いた末にニューヨコハマの街並みを一望出来る公園に着いた、夕方なこともあり人の姿は見えず実質貸切状態、この不審者みたいな荒れた姿では好都合だ、いっそのこと怒りのままに叫んでみてもいいかもしれない、そう思い、度胸もないので止める。
「はぁ...はぁ...ちくしょう...」
俺はそよ風と風の音に慰められながら、何も考えずニューヨコハマの街並みと夕日に煌めく海をしばらく見つめる、段々と気持ちが落ち着いてきて、今なら後ろから押されても抵抗出来ず落ちてしまえる程の気の抜けようだ。
でもそれを邪魔するおじゃま虫が来やがった。
「はぁ...はぁ...!兄ちゃん!こんな所に居たんだね!」
「...!」
俺は条件反射のようにその生き物を睨みつける、するとそいつは怯えて声が一瞬裏返ってしまう。
「にっ...!いちゃん!ん...その...!もうこんな時間だよ!お家に帰ろう...よ!」
その生き物の言う通り、当たりはいつの間にか暗くなり公園の時計は午後8時を指していた、そして目の前のこの生き物はまるで人と同じように息を切らしている「フリ」をしている、俺はそれが...とても気持ち悪く思えた。
「なんで追いかけて来やがった...」
「そりゃあ追いかけるよ!僕は兄ちゃんのかぞ...」
「家族なんかじゃねぇ!!」
「ひっ...!?」
俺はそいつの言葉を遮りように叫んだ、考えるよりも先にそうしていた、それほどに腹が立ったんだ。
「お前は家族なんかじゃねぇ!ただ金を受け取った会社が送ってきた【偽物】だろうが!!」
俺は知っている、こいつはメタモルだ、メタモル社が俺の弟...小さかった頃に死んじまったユウの遺体DNAを元に弟を模したただの偽物。
弟のフリをしているだけの銀のスライムみたいな化け物、俺は「同じような生き物」をよく知っている。
「父ちゃんもじいちゃんも!ふざけんなよ!お前らも!この街も!この横浜の人間全員も!大っ嫌いだ!俺はぜってぇお前らなんかを家族とも人間とも認めねぇ!」
「兄...さん...」
「俺を弟でもないお前が兄なんて呼ぶな気持ち悪い!お前らなんか!お前らなんか...!」
ふと、目の前の生き物が涙を流しているのに気づく、それはただの偽物でしかないというのに、外見だけはユウにそっくりで、俺はそのまま言い放とうとしていた言葉をなんとも言えない気持ちを残しながら喉の奥に押し込んだ。
「ひぐっ...!うぅ...!」
「お、おい...!ユウの顔で泣くなよ...!嘘泣きなんかしても俺は騙されねぇぞ!俺は!俺は絶対に...!」
「うぅ...!うぇぐ...!」
「...っあぁぁぁぁぁー!!クッソ!!泣いてんじゃねぇよ!」
そして俺は、なんでか泣いているこいつを必死にあやし続けることになった...
◇ ◇ ◇
「その...ごめんなさい...」
「うっせ、もう黙れ...」
そうたとユウ?の2人はベンチに座りぐったりと疲れたように座っている、無理もない、この2人は家から坂道の多い通りを走って来ていたのだ。
「あぁ〜喉乾いた...」
そうたはふと立ち上がると近くにあった自動販売機の前に立ち、メロンソーダのボタンを押すと右手首に付けていたスマートウォッチを支払い口に近づけ150円を払う、そして缶を取り出しゴクゴクと飲んでいると後ろに気配を感じた。
「...なんでくっ付いてきてんだお前」
「えっ...それは...その...僕も分かりません...ごめんさない」
そうた、目の前のユウ?の口調が変わったことに気がつく。
「まさか、お前も飲みたいって言う気か?」
「へっ?その...良いんですか?」
「嫌に決まってんだろ」
「そ、そうですか...」
露骨に落ち込むユウ?を見てそうたはなんとも言えない罪悪感のような感情を覚える、目の前の生き物は大嫌いなメタモルであり、そして弟の偽物だ、飲み物を買い与える義理も道理もない。
だというのに、なんとも言えない気持ち悪さを感じそうたは気持ち悪さに負けてため息を吐いた。
「はぁ...何が飲みたい」
「え?」
「何が飲みたいつってんだ、さっさとしろ」
「えっ、えぇ!?えっと...兄ちゃ...あっ...」
「面倒だから、早く決めろ」
「は、はい!じゃあ『兄さん』と同じのが飲みたいです!」
そしてメロンソーダを飲んだユウ?は初めての炭酸飲料に愉快な反応を示す。
「うひゃぁ〜!」
「なんで舌出してんだお前...」
「僕、炭酸飲料を飲むのは生まれて初めてで...!」
「そうかよ」
そして時間は夜の9時、缶をゴミ箱に捨て、そうたはユウ?に付いて回られる形で二人で公園を意味もなく歩いていた。
「...その、兄さん」
「なんだよ」
「お家に帰らないんですか?もう午後の9時ですよ?」
「誰が帰るか、あんなところ」
そうたは吐き捨てるように呟いた。
「でも...家族が心配して...」
「...あんな家族なんていらない」
「だ、ダメですよぉ!そんなこと言ったら!」
「ふんっ...お前の方が帰ればいいだろ、お前は...【ユウ】なんだろ」
「っ...!」
その言葉を聞いたユウ?は急に立ち止まり、思い悩むように俯いた、それに気づいたそうたも立ち止まり体を半ば向ける。
「僕...ユウさんになっても良いんでしょうか...」
「...何が言いたいんだよ?」
「僕は、メタモル社からユウさんの【代わり】になるようにと生まれました、ユウさんのDNAを真似て、ユウさんの記憶もほとんどを継いで、僕はあの家族の皆さんにそう望まれたから、ユウさんの代わりとして、そう生きようとしました...でも...」
ユウ?は不安そうに手を握り、弱々しくそうたと目を合わせる。
「僕、兄さんにそれを否定されて、不安になってるんです、このまま代わりになるべきなのか、それともならないべきなのか...もし代わりになれないのなら、僕は【誰】として生きるべきなんですか...?」
ユウではないそのメタモルは、目の前の青年に藁にもすがるように答えを求めた、しかし...
「知らん」
「えぇ...!?じゃ、じゃ僕は...!」
「知らねぇよそんなの。いいか?俺は1人だ、この世界にたった1人、ユウも1人だ、それは死んでても生きてても、これからも変わらない。誰しもが、本当の意味で誰かの代わりになり得るなんざ、絶対にありえないんだ」
「誰しもが...本当の意味で代わりになんてなれない...?」
「そうだ。いつでも自分の代用になり得るそんなものがいる世界なんて、絶対に認めてははいけないし、俺は絶対に許さない。死者から死を奪うな、ありえないとしても、帰る場所を奪うな。それに考えてみろ、本人が参列してる葬式とか、滑稽極まりないだろ?」
そして、ユウだったそのメタモルは夢を、憧れを見つけた少年のように、キラキラと輝いた目をそうたに見せる、その目には先程までの不安や葛藤はもう無かった。
「僕!偽物にはもうなりたくないです!もし家族の皆さんには迎えていただいても、兄さんにあんなに否定され続けるなんて、僕は耐えられません!僕は...!自分が欲しいです!」
メタモルは生まれて初めて「自己」を手に入れたいと願った、誰かの偽物ではなく、自信を持って誰かに話せる「自分」を手に入れたいと、願えた。
「そうかよ、じゃあ勝手にしろ」
「っ!は、はい!兄さんが...兄さんにそう言ってもらえるなら!僕は自信を持てます!」
そうたは弟の姿でとても嬉しそうにニコニコしているそのメタモルを見て、なんとも言えない感情を抱いていた、それはまるで弟が死んでいなかったのなら見れたかもしれないifを見た気分になったから?それとももう生きて動いている弟の姿をもう見れないと思ったから?
それは本人には決して分からないし、決められない、ただ...この不快な生物が弟を騙るのを止めるのは素直に喜ばしいことだとはそうたは思っていた。
「兄さん!僕、これからも兄さんのこと、兄さんって呼んでいいですか!?」
「...は?」
「だってこれから僕は兄さんの弟になります!ユウさんの代わりではなく貴方のもう1人の弟に!」
「いや、なんでそうなるんだよ!?」
「勝手にしろって言ったのは兄さんですよー!」
「あっ!?ぐっ...!クッソ!!」
そうたは心底不服そうな顔をした。
「兄さん!僕の名前はこれからどうすればいいと思いますか!?あっそうだ!兄さんに決めてもらおう!」
「なんでだぁー!?」
そしてニコニコで待機をするメタモルを横目に、そうたは彼の新しい名前を考える。
「...ハマ。でいいか...」
「はい!構いません!」
ハマと名付けられたそのメタモルは陽気にはしゃぎそうたに抱きつく。
「うおっ!?おっ前、ずっと思ってるんだがなんでそんなに俺に対して好感度が高いんだよ!?」
「それはですね!ユウさんの記憶を知っているからです!ユウさんの記憶の中で、兄さんを見ているユウさんは全て幸せと喜びに満ちていました!」
「...!」
「僕にとってユウさんは初めて自我を確立する為の『元』です!だから、僕が兄さんを好きなのは当然とも言えます。ですが、今はそれだけではありません!兄さんは偽物にしかなれないメタモルである僕に、自分を手に入れるきっかけを与えてくれた大切な人ですから!」
「...」
そうたは自身の表情を隠すようにハマを抱き寄せて、ゆっくり、かつぎこちなくもはしゃぐハマの頭を優しく撫でていく、その「兄弟」のじゃれ合いしはそれはそれは長く続いた。
しかしハマは、雨も降っていないというのに自身の髪が何故だか少し濡れてきていたことに気づくことが出来なかったのだった。
◇ ◇ ◇
しばらくして2人は家に帰宅する。
「そういえば、よく俺の居場所が分かったな?」
「はい!このスーツ、僕の迷子防止のためのGPSが付いてて、兄さんのスマートウォッチも登録されていたのでそれを頼りに向かってました!」
「...誰だ、勝手に登録しやがったのは」
「お父さん...いや、ツツジさんです!」
「...ッチ」
そして2人の帰宅に気づいた【母】の茜が玄関の2人の元に走ってくる。
「そうた!ユウ!あぁ...!こんな遅くなるまで帰ってこないなんて...!本当に心配したんだから!」
「ただいまお母さん!」
「えぇ!おかえりなさい」
そんな茜を意に返さず、鼻を鳴らしながらそうたは茜を無視してシャワーを浴びに行く。
「あっ...そうた...」
そうたは茜と目を合わせることも、一目も見ることもなくそのまま無視してしまった。
「はぁ...また無視されちゃった...あぁ、今はそれよりも...ユウ君、大丈夫だった?何か怖いことはなかった?」
「いいえ!ありませんでしたよ!心配してくれてありがとうございます!」
「そう...ならひとまず安心だわ」
「そんなことよりも、まず僕の話を聞いてください!」
「あら?なぁに?何の話?」
「えっへへ!これからの僕の、大事なお話です!」
居間で家族に囲まれ騒がしいハマたち、それを気にせず自室で髪を乾かす2階のそうた。
喜びに溢れようとも、悲しみや怒りに満ちようとも、時は私たちを引っ張り無情にも明日はやって来る。
そんなどうしようもない生を謳歌する我々生者のことを、置いていかれる者たちは後ろからきっと見守っている、私たちに出来ることは、家族写真の空きを埋めないことしかないのかも...しれない。
ユウになれない僕ら シロニ @shironi3
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