第8話 現在の”仲間”
「――美人だな」
急にかけられた声に、はっと現実に戻ったジェイデンは慌てて振り返った。
赤毛の男がリオナの肖像画を覗き込んでいた。
眉をひそめて、ロケットの蓋をぱちんっと閉じたジェイデンは男を睨んだ。
「ライアン、人の物をじろじろ見るなよ」
彼はジェイデンが今行動をしている仲間の一人だった。
「いいじゃねぇか、お前の恋人か何かか?」
よっこらしょ、とライアンはジェイデンの隣のベッドに腰を下ろすと聞いた。
「――そんなんじゃない」
ジェイデンは疎ましそうに首を振ると、話題を変えた。
「ジャックとイーサンはまだ下?」
残りの仲間二人について聞くと、ライアンは苦笑し床を指さした。
野太い笑い声が階下から聞こえてくる。間違いなく、ジャックの声だった。
この宿屋の一階は酒場になっている。酒飲みのジャックは、いつものように居合わせた女の子たちを相席に誘い宴会を始めてしまったのだ。ジェイデンは騒ぎが始まる前に一足先に退散したのだったが、自分の判断は正しかったとため息をつく。
「まぁ、明日からはまた街を離れるんだ。今日くらい好きに騒がせてやれよ」
ライアンはたしなめるように言った。
ジェイデン・ライアン・ジャック・イーサンは今、ロゼッタ王国から周辺の冒険者に依頼された魔竜討伐の依頼を遂行中だった。
魔竜とは強い魔力を持つ竜のことだ。四年前――聖壁を破壊し、就任したばかりのローガン国王とその王妃イザベラを焼き殺した黒竜は、それから姿を消していたが――半年前に再びその姿を目撃された。
壊された聖壁から多数の魔物が王都に侵入し、ロゼッタ王国には莫大な被害が出た。聖壁を守る大神殿の聖水晶は、血を浴びて濁り――各地の聖壁も薄くなり、被害は随所に及んだ。また当時、一番力の強い聖女だったリオナと、同じく聖女のイザベラを失ったことで聖壁の修復には長い時間がかかった。周辺で一番の繁栄を誇っていた王国は荒れた。
ローガンの年の離れた弟を国王に据え、ようやく国内が元のように繁栄してきた矢先に、聖壁を破った、謎の黒い魔竜の姿が目撃されたことで、ロゼッタ王国はその竜を討伐しようと必死だった。かといって、国内は未だに四年前の混乱を引きずっており、軍を出動させることも難しく、第一手として各地で魔物退治を生業とする冒険者の中で腕利きの者に竜退治を依頼したのだった。
(――あの竜の中には姉さまがいる)
ジェイデンはそう確信していた。
あの日、飛び立つ竜を見たときに、何故だか、その竜が姉のように感じた。
あの竜を追いかけないといけない。
その思いだけで、身体を引きずり、草を食べて、雨水をすすって、何日もかけて谷底を進みやがて森に辿り着いた。そこで魔物狩りに来ていた隣国の冒険者の一行に救助された。
人里に戻ったのはひと月以上経ってからだった。そこで黒竜がロゼッタ王国の聖壁を破り、王と王妃を殺したことを知った。竜は真っ直ぐに王宮へ向かい、二人を焼き殺したという。そして、そのままどこかへ飛び立って行ったと。
そこで、あの竜が姉だという推測は確信に変わった。
魔力とは生命力そのものだ。強い魔力を持つ者は、肉体を失ってもその魔力に意思や感情を残すことがあると、ジェイデンは本で読んだことがあった。
(姉さまは、復讐したいという強い思いを魔力に残したんだ)
魔物は喰らった人間の魔力を吸収して生きる生物だ。姉の意思は姉を食べた竜に宿ったのだろう。ただの魔物であれば通過することができない聖壁を通れたのは、聖女である姉の魔力を受け継いだからだ。
(だけど、本来聖魔法は魔物にとって毒のようなもの)
他の魔法使いと違い、聖魔法のみを使う聖女を魔物が食べた場合、その魔物が弱い魔物であれば聖魔法を身体に吸収することで弱って死んでしまうという。
(竜の死体は見つかっていない――、どこかで、眠っているか、動けなくなっているはずだ)
ジェイデンはそう考えた。
(姉さまの意思が、竜に残っているとしたら、どうにか姉さまを戻す方法が、あるかもしれない)
ロゼッタ王国内では、一連の災厄は、国王ローガンと王妃イザベラが、リオナを無実の罪で陥れ、アーガディン公爵家を皆殺しにしたことが原因で聖水晶が怒ったのだという噂がどこからともなく囁かれるようになっていた。
その噂に自分たちの身にも不幸が訪れるのではないかと怯えたローガンの支持者たちは、彼が自分から王位継承権を奪おうとした国王を殺し、跡を継いだこと、その進言をしたアーガディン公爵家を恨み、公爵家の財産を狙うハルマン男爵家と結託して、リオナを陥れたことを自供した。それにより、アーガディン家の名誉は回復され、王都の広場中央に慰霊碑が置かれた。
そこに刻まれた自分の名前を前にジェイデンは考え込んだ。
王国に大損害をもたらしたあの黒竜の中に、リオナがいると公言したらせっかく回復した姉の名誉がまた穢されてしまう。人々はきっと――破壊の原因を作った姉を許さないだろう。
自分には、公爵家の家名も貴族の身分もいらなかった。
ただ、彼女を取り戻したかった。
もし姉が戻ってきてくれたら、静かに平和に二人で暮らしたかった。
拳を握って、ジェイデンは誓った。
「僕が、あなたを取り戻すよ、姉さま」
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