歌に込めたもの
アイドルフェスは伝説となった。
良くも、悪くも。
トップアイドルのルルは、謎の全身打撲で不参加。
他のメンバーも同様の症状を訴え、メルティ・キス・メロディが出てこない。
メインがいない、盛り上がりの欠けるフェスになった。
だが世間の熱狂は収まらない。
むしろ燃え上がっていた。
「死者に会える、奇跡のライブ」
その噂は瞬く間に、街中へと広まったのだ。
タヴロッサの野外ステージには、人々が押し寄せた。
誰もが聖女クーネルの奇跡を、一目見たいと願っていた。
愛するあの人に、もう一度会いたいと。
「どうするんだ! このままでは、暴動が起きるぞ!」
プロデューサーは頭を抱えていた。
スタッフたちは血眼になって、クーネルの行方を探した。
しかし彼女は煙のように消えていた。
本当に天使かなにかだったのか。
そんなある日。
一人のスタッフが広場の隅で人混みに紛れようとする、見覚えのある陰気な男を見つけた。
「おい、君! 待ちなさい!」
スタッフは男の腕を、がしりと掴む。
ラクレスだった。
「あんた、あの女のマネージャーだろう! あの日来ていたクーネルというアイドルの場所を、今すぐ教えろ!」
鬼の形相で問い詰めるスタッフ。
ラクレスはびくっと、体を震わせた。
彼はあの日、遠くからステージを見ていた。
観客たちが次々と、泣き崩れていく光景を。
彼はそれを「俺のプロデュースが、人々の心を深く揺さぶったのだ」と、解釈していた。
廃城から一週間ぶりに見えた死んだ妹を、「今いいところだから」とおっぱらって自己陶酔していた。
その後の乱闘騒ぎなど、もちろん知らない。
「……え?」
ラクレスはきょとんとした。
そしていつもの陰キャムーブで、ぽつりと呟く。
「クーネル……? さあ……? 知りません。そんな人、ここには⋯、き、来てないですよ……」
彼はそう言い残すと、スタッフの手を振り払い、雑踏の中へと逃げるように消えていった。
後に残されたのは伝説だけ。
一夜にして現れ、そして消えた、奇跡の聖女。
その名は人々の心に、深く刻み込まれたのである。
◇◇◇◇◇
そんな騒動から外れ、タヴロッサの郊外。
まだ朝日が昇らぬ、夜が混じった空気がする時間。
橋の下の、暗がりの場所。
クーネルとメロは人目を忍ぶように。街の裏手にある、海へと続く古い水路に来ていた。
メロが海へと帰る時が来たのだ。
「……ではクーネル様、わたくしは一旦これにて身を隠します」
「少々騒ぎ過ぎたかのう」
「クーネル様は好きですが、一緒にいるのは大変なのです。わたくし、なにもないほうが幸せですから。それに…」
「妾に組み入れたとなれば粛清されるのか」
「えぇ。目立った上に、命を狙われるのもまっぴらですから」
メロは車いすから器用に身を投げ、水路へと滑り込んだ。
窮屈なローブから解放された、美しい魚の尾びれが朝の光を浴びて、きらりと輝く。
水を得た魚とはまさにこのこと。彼女の表情は陸にいた時とは比べ物にならないほど、生き生きとしていた。
「達者でな。次に会う時までには、あの馬鹿天王どもを叩きのめしておいてやるわ」
「ふふ、期待しておりますわ。……ああ、そうだ。ラクレス殿にもよろしくお伝えください。あの御方、なかなか見どころがありそうですわ」
「どこにじゃ」
クーネルは心底、不思議そうに首を傾げる。
メロはくすくすと、喉を鳴らして笑うと、名残惜しそうに主君を見上げた。
「……のう、メロ」
不意にクーネルが口を開いた。
その声はいつもより、少しだけ静かだった。
「昨夜のあの歌……。なぜ、あんな歌を選んだ? おかげで会場はめちゃくちゃだったぞ」
メロは一瞬、きょとんとした。
選曲をしたのは自分だ。
主君に何か不満でもあったのだろうか。
彼女は少し考え込むように視線を泳がせた後、静かに口を開いた。
「わたくしの歌声は触媒のようなもの。人の心を酔わせ、惑わし、想いを増幅させるだけ。……でも歌われる方のそのお気持ちがなければ、決してあのような奇跡は起こりませぬ」
メロは言葉を選びながら、ゆっくりと続けた。
「だからわたくし、選んだのです。数ある歌の中から、一番クーネル様のお気持ちが乗りやすいのではないかと思った歌を」
その答えにクーネルは何も言わなかった。
ただ黙って、水面に映る自分の顔をじっと見つめている。
その金色の瞳には何の感情も浮かんでいないように見えた。
風が吹き抜ける。
クーネルの金色の髪がさらりと揺れた。
彼女は無意識に自分の胸元あたりをぎゅっと、握りしめていた。
まるでそこに何か見えない、空虚な穴でも空いているかのように。
長い沈黙。
やがてクーネルはふぅと、息を吐いた。
握りしめていた手がゆっくりとほどかれる。
「……そうか」
ぽつりと、ただそれだけを呟いた。
その声は朝の空気に溶けるように消えていった。
「もう行け。長居は無用じゃ」
くるりと背を向ける。
その横顔をこれ以上見られたくない、とでも言うように。
メロはそんな主君の背中を、ただ静かに見送る。
そして深々と、水中で頭を下げた。
「またいつか、お城の食卓でお会いできる日を。クーネル様」
そう言い残し、メロの体はすうっと、水の中へと消えていった。
一人、水路のほとりに残されたクーネル。
彼女はしばらく、その場を動かなかった。
やがて昇り始めた太陽に目を細めながら、誰に言うともなく呟いた。
「嫌な女じゃ」
その一言にどんな想いが込められていたのか。
それは彼女自身にしか分からない。
魔王軍を追放された元四天王じゃが、陰キャ勇者とバディで復讐を狙うも、なぜか聖女と崇められておる 中条トカゲ @SakataHarumi
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