第7話
研究施設は、山の頂上にひっそりと建っていた。
それは、まるで宗教施設のようでもあって、病院のようでもあった。
当たりからはまるで人の気配がせず、死んだように静まり返っていた。
私たちは足を進め、入口の前で歩みを止めた。
「カオリ」
「うん」私は静かに頷いた。「入ろう」
「言っておくけど、カオリもマミもここからは後戻りはできない。本当にそれでもいいの」
「うん。それでもいい。マミはあの時、望んで文芸部の部室に来た。だから私も、自ら進んでここに来た」
「わかった。じゃあ、入るよ」
「うん」
私たちはそれぞれ左右の取っ手に手を掛けた。
暗黙の深呼吸をすると、私たちはそれを力いっぱい押した。
最初はびくともしなかった扉が、段々と開いていくのが分かった。
隙間から吹いてきた風は、ほんのりと薬品と化学的な臭いがして、私の髪を揺さぶっていく。
それでも私は押す力を緩めなかった。「もうすこし………」
扉を押し切って、私たちは研究室に足を踏み入れた。
そこは不思議な空間だった。
何もない、真っ白な空間。
ただ私たちの目の前に、螺旋階段がどこまでも高く続いていた。
「上るよ」彼は躊躇なく、階段に足を掛けた。「マミはきっと、この最上階にいる」
「わかった」私もそれに続いた。
私たちは上り続けた。一歩も休まずに、一歩一歩を昇って行った。
途中、私の息は上がった。足がもつれた。もう登れない、と思った。
そんなときは翔太が私の手を引いてくれた。
途中、何度も階段から落ちそうになった。そんなときも翔太が、私の体を掴んで、引き上げてくれた。「ほら、もうちょっとだから……。頑張れ。カオリ!」
「ありがとう……」
意識が朦朧とする。もはや自分が昇っているのか、下がっているのか、よく分からなくなってきた。もう限界だ。もう登れない。力尽きて倒れこもうとした時、彼の一声が、私の意識を一気に引き戻した。
「着いた。最上階だ」
「……ついた、の」
目の前にはもう階段はなかった。その代り、まっすぐな無機質な廊下が一直線に続いている。
「マミは、この奥の部屋にいる」
「ねえ、翔太。あんた、なんでそんなに詳しいの………」
「ここは今はもう無人になってしまったけど、昔、僕の父さんがここで働いていたんだ。この建物は、小さい頃は僕の遊び場だった。だからよく覚えているんだ」
「……そう、なの?」
「そうだよ。カオリ、歩ける?」
「ありがとう」私は差し出された手を取った。「歩ける」
その廊下は不気味なほど清潔で、ひっそりとしていた。
生気が感じられない。圧倒的な、無が立ち込めていた。
自分の脈拍と、翔太の呼吸音だけが、私たちの存在を空間に刻み込んでいっているようだった。
「ここだ」廊下の突き当たりで、彼は足を止めた。目の前に、扉があった。「この先に、マミはいる」
「この先に……マミが……」
「間違いない。マミはこの先にいる」翔太は頷くと、私の顔を見た。「ここから先は、僕はもう入れない。カオリと、マミだけの空間だ。僕が関与してはいけない。もし僕がいたのなら、カオリがマミの小説を読むことの、邪魔になるかもしれないからね」
「分かった。翔太」私は翔太に向き直って、彼を抱き締めた。「いままで、ありがとう。私をここまで連れてきてくれて、ありがとう」
彼は優しく私を包み込むと、背中をさすってくれた。
「僕は出来ることをしただけだよ。あとは君たちの選択だ」
そう言い残すと、翔太は廊下の奥へ、消えていった。
私は深呼吸して、ドアノブに手をかけた。
扉が開く。
中は薄暗く、寒かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます