シミュラークル

@koyomi8484

第1話



「高坂マミと申します。よろしくお願いします」

「はい、ありがとうございます! 高坂マミさんは皆さんの教育パートナーとして、試験的に本校で受け入れることになりました!」


 担任のちょっと脳に響く、周波数高めの声が教室に響く。

 教育パートナー? 何それ? あと、試験的に、って何?

 私の頭の中は、クエスチョンマークで埋め尽くされる。


「はい。ご紹介にあった通り、私は人型アンドロイド、マミと申します。短い間ですが、皆さまのお役に立てれば幸いです。これから一年間、どうぞよろしくお願いします」


 そういうと、教育型アンドロイド? は再度、会釈のように頭を下げる。

 え、なにこれ。普通に、冗談だよね? そういう、ネタか何か、だよね?


「はい。ありがとうございます! 高坂さんも試験的に皆さんと一緒に授業を受ける予定です。あ……」そこで担任は何かを思い出したかのように言葉を止めた。

「高坂さん、“プール”とかっていけるんでしたっけ……?」

 高坂さんは、平然と頷いた。「問題ありません。私には最新の防水加工が施されており、水深百メートルまでなら、潜水可能です」


 おおお、男子陣から歓声が上がった。

 もうみんな、彼女を人ではない何かとしてすんなり受け止めている事実に、私は少し胸騒ぎがした。


「では、高坂さんの席は……ええと」

 きょろきょろ空席を求めてさまよう担任の視線に、私は少し嫌な予感がした。

「……あ、じゃあ篠崎さんの隣、いいかしら?」


 分かっていたことだけど、ギクリとした。


「はい、問題ありません」彼女の涼しい声が聞こえてくる。

「あっ、高坂さん。そういえば教科書とかは……、こちらで手配した方がいいのかしら? 

 何か、聞いてたりする?」


 教科書くらい、事前に手配しておけよ、と私はぽつりと思ってしまう。

 だが、彼女の返答はそれをも凌駕したものだった。


「いえ、当該高校で扱う教科書はすべてインストール済みなので、問題ありません」

「さすがッ。なら話は早い! じゃ、そういうことで!」


 自己紹介が終わり、彼女は静かに、こちらに近づいてきた。

 椅子を引き、私の隣の席につく。

 彼女がアンドロイドだなんて、言われなきゃ、絶対分からない。

 というか、言われても、実感がない。


「じゃ、ホームルームは終了! あ、今日掃除あるから、男子はさぼらないように!」


 と余計な一言を残して、担任は教室から出ていった。

 がやがやと、おのおの席から立ち、残り三分ほどの休み時間を皆有効活用しようと模索する。

 私は、なんとなくだけど、席を立つ気には、なれなかった。

 あっという間に抜け殻のようになってしまった教室には、私と高坂さんだけが残された。


 彼女はじっと、外を見ていた。

 青空の下。太陽光を反射した海が、キラキラ光っている。

 高崎さんの長い髪が、机の上に水たまりを作っていた。


 その時、ふいに彼女がこちらに振り向いた。

 私は待ち構えていたように、彼女とばっちり目が合ってしまう。

「あ、ごめんなさい……」

 気まずい。バツが悪くなった私は反射神経的に、目を落とす。

 彼女はそんな私を見て不思議そうに、首を傾げた。

「どうしてですか?」

「………」

 そう、彼女はアンドロイド。

 その事実が頭のどこかにあるせいで、彼女の口調の一つ一つにそれを見出そうとしている自分に、少し腹が立った。

 そんな彼女を見ているうちに、言葉にできない靄が私の脳裏に立ち込めてきた。

「…ねぇ。あんた、本当にアンドロイド?  嘘ついてるだけでしょ。ほんとは、人間なんでしょ」

「そう見えますか?」

「見える」

「なら、そう思ってくれてもかまいません」

「なにそれ。どういうこと」

「ですから篠崎カオリさんが、そう思ってくださるなら、それで構いません、ということです。無理に私をアンドロイドとして扱う必要はございません」

「……なんであたしの名前知ってんの」

「データベースに登録されています」

「……それやめて、腹立つ」

 すると彼女は、理解できないというように、首を傾げた。「ということは、篠崎カオリさんのデータを私のメモリから削除すればよろしいでしょうか?」

「違うったら!」気が付けば私はバンと机に手をついて、立ち上がっていた。「そのあんたの人間離れした言動が腹立つって、ことだから……。あとその口調も何!? ショーワのじじいか何か? そもそもなんでケーゴなわけ!?」

「申し訳ございません。何か不手際がございましたでしょうか?」

「いい、あたしの名前はカオリだから。その篠崎さんやめて。あとあたしと話すとき、ケーゴ禁止。破ったら、もう知らないから」

 ふん、と鼻を鳴らしてみて、ずれた椅子を足で直し、ガタンと座る。

 クラスに誰もいなくて、よかったと心底思った。

「じゃあ、カオリも私のこと、マミって呼んで? それで公平」 


 その口調に、椅子がひっくり返ったくらいに私は驚いた。

 横の席に座った、彼女を私はたっぷり二度見した。

 そこに座っている彼女は、まるで別人だっただからだ。


 今までの言動が嘘だったように、彼女の全ての挙動が自然に見えた。


「………は? え、なんなのよ、それ。てか、あんた普通に喋れるんじゃッ……」


 その時、ガラガラガラっと前の扉が開かれた。

 さっき外に行っていた女子集団が、ちょうど戻ってきたのだ。

 私は咄嗟に視線を落とした。そして、こそりと言った。

「人前で、その口調、禁止だから。あと、みんなの前では、篠崎さんって呼びなさいよ………」

「はい。わかりました」


 やっぱ、なんか腹立つ、このアンドロイド。


 まあ、いいや。


 その時、見計らったように、ちょうどチャイムがなった。

 古典の教師があわただしく、入ってきて、いつも通りの眠い授業が始まった。

 私は胸ポケットに入れていた眼鏡をこっそり掛けた。


 それが彼女と私との初めての出会いだった。

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