第3話 バレたら終わる……!
あたしは、あれからの毎日をできるだけ普通に過ごすようにしていた。真理佳とは相変わらずくだらないことで笑い合って、アホみたいな冗談を言い合って、ツッコミを入れて、叩かれて、笑って、またツッコんで。
そうやって、何も変わってないように見せかけてた。
でも、本当はずっと神経を張りつめてた。ふとした表情の揺れとか、視線の泳ぎとか、間の取り方ひとつで悟られないように。真理佳にだけは、真奈美ちゃんに恋したなんて絶対気づかれないように。
それは、真理佳に嫌われたり引かれたくなかったから。でもそれ以上に、真理佳が傷つく顔を見たくなかった。心から信頼してくれてる親友だからこそ、その信頼を裏切るような気がして。
だから、真理佳に「今日家来る?」って言われたときは、「うちに来てよ!」って逆に誘ってみせた。
真奈美ちゃんに会うのが怖かったから。会えば、あのときの気持ちがまた蘇る気がして。いや、それどころかもっと大きくなってたらって思うと、まともでいられる自信がなかった。
それくらい、真奈美ちゃんって存在は、あたしの中で深く深く根を張っていた。
そんなある日、放課後のチャイムが鳴ったあと、あたしはいつものように帰り支度をしていた。といっても、今日は真理佳は欠席だから帰りは一人。体調不良らしいからそこは少し心配だ。
カバンにノートと教科書を詰めて、ペンケースのチャックを閉めながら、「今日は寄り道しようかな」なんて考えていたそのとき――
「おい、宮ノ森。ちょっと来てくれ」
「……はい?」
何かやらかしたっけな……と一瞬焦りつつ先生のもとへ向かうと、一枚のプリントを差し出された。
「これ、今朝配ったやつなんだけどな、綾瀬は今日体調不良で休みだったろ? ご家庭にもすぐ渡してほしい書類でな。届けてくれないか?」
「え、あの……それって、先生が届けるのは……」
「そうしたいのは山々なんだがなぁ。仕事が山積みで、今から会議がひとつ入っててな。しかも定時までときたもんだ。残業は正直したくない」
そう言いながら先生は、申し訳なさそうに肩をすくめた。
「……ヘー、ソウナンデスネー」
「宮ノ森は綾瀬とは仲がいいだろう? 家も近所なんだし、頼めるのはお前くらいなんだ」
「そ、そりゃまぁ、仲はいいですけど……」
そう、真理佳の家に行くだけなら別に問題なんてない。部屋のドア越しに「お大事にー」って声をかけて、プリントを渡して帰ってくればそれで済む話。
問題は、あたしが真奈美ちゃんにラブなことだ。
あの子が途中で帰ってきたら? それどころか玄関先に出てきて、顔をあわせちゃったら?
それだけで、あたしの心はまた暴走を始めてしまう。理性なんて頼りにならない。恋に落ちるって、多分そういうことだ。
……でも、プリントを渡すだけなら、インターホン鳴らして"郵便受けに入れときます"って言えばいいか……。そうだ、それでいい。玄関のドアすら開けなくて済む。お見舞いの言葉は、あとでメッセで送ればいい。
「……わかりました、届けます」
あたしの言葉に、先生は安心したように笑って、プリントを手渡してきた。
「助かる! 本当に助かる! じゃ、よろしく頼んだぞ!」
あっという間に職員室へ戻っていく先生の背中を見送りながら、あたしはプリントを握った手に、じんわり汗がにじむのを感じた。
「行くっきゃ……ないよなぁ」
カバンの口を少し開けて、プリントが折れないように丁寧に入れ直す。ジッパーを閉める音が、やけに大きく響いて耳に残った。
そうして深く息を吐いて、あたしは教室をあとにした。
真理佳の家までの道のりは、普段なら何でもない。並んで歩いて、流行りの美味しいお菓子の話をしたり、動画の真似をして笑ったり――とにかく気楽で、楽しい時間だった。
でも今日は、まるで違っていた。
角をひとつ曲がるたびに、心臓がドクンと跳ねる。見慣れた景色のはずなのに、どこか色が変わって見えるのは、きっと緊張のせいだ。
「はぁ……真理佳、元気にしてるかな」
ぽつんと呟いた言葉は、空に溶けるようにかすれていった。真奈美ちゃんのことで頭がいっぱいになっていたけど、真理佳が体調を崩しているという事実は、やっぱり気になる。
昨日はあんなに元気そうだったのに。昼休みにあたしのお弁当の卵焼きを勝手に食べて、「ちょっと塩気足りなくない?」って文句まで言ってたくせに。
(お見舞い、ちゃんと行ったほうがいいのはわかってるんだけど……)
でも、もしそこに真奈美ちゃんがいて、あたしがまたあの時みたいに心を奪われて、動揺して――。それを真理佳に気づかれたら……妹相手に恋してるってバレたら、友情が壊れる可能性もある。
(……そうなったら、真理佳とはもう……)
そんな最悪の展開なんて考えたくなかった。だから今日まで気づかれないように、真奈美ちゃんに会わないように全力で逃げてきた。
でも今、その最悪の展開を生みかねない家の前まで来てしまった。
見上げると、あの日と変わらない外観の真理佳の家がそこにあった。窓は閉まっていて、カーテンも引かれていて、人のいる気配はないように見える。
けれど、だからといって真奈美ちゃんがいないとは限らない。もしかしたらリビングでテレビを見ているかもしれないし、台所でお茶を飲んでいるかもしれない。
「よし……インターホン押して誰が出ても、入れときますって言って帰ろう……」
インターホンの前で深呼吸すると、思った以上に指が震えていた。
その震えをごまかすように、あたしは手を握りしめて、インターホンのボタンにグータッチした。
その瞬間、心臓がドクンと高鳴った。
この家の中に、あの子がいるかもしれない。
あの笑顔が、また目の前に現れるかもしれない。
また声が聞けるかもしれない。
逃げたいような、でも、どこかでほんの少しだけ期待している。
そんな矛盾する気持ちが胸の奥からどんどん溢れてくる。
(……あーやばい、どうしよう)
そうして、五秒……十秒……二十秒。
耳を澄ましていると、自分の鼓動の音ばかりがやけに大きく聞こえた。ドクンドクンと、心臓がうるさいくらいに鳴っている。外の空気は少しひんやりとしていて、周りだけは静かだった。
――――そうして三十秒経った。けれど、何の反応もなかった。返事もなければ、物音ひとつもしない。……やっぱり真理佳は寝ていて、他には誰もいないのだろう。
そう思った瞬間、あたしの体から一気に力が抜けた。
「――っ、はぁぁー……よかった……」
大きく息を吐き出す。肺の奥に溜め込んでいた空気を全部出すように、深く長く。
肩を上下させながら、あたしは自分でも驚くくらい安堵していた。ホッとした、と言ってしまえば簡単だけど、それはもう……助かった! って言いたくなるくらいの開放感だった。
誰とも顔を合わせなくて済む。あの子に――真奈美ちゃんと出くわす心配もないってことだ。
(なら……よし、これで終わり)
そっとカバンからプリントを取り出して、郵便受けに丁寧に差し込む。スッと中に入っていくのを見届けてから、スマホをポケットから取り出した。
「『何か急ぎらしいプリント、ポストに入れといたよ。お大事にね』っと……」
画面をタップして、簡単なメッセージを入力する。あとは送信するだけ。これで今日の任務は完了だ。
そう思った……そのときだった。
「――あの、うちに何か用ですか?」
聞き覚えのある声がすぐ真横から聞こえてきたとき、あたしはほんとに心臓が飛び出るかと思った。
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