友達の妹に恋しちゃったんだけど……どうしよ
恋みぞれ雨
第1話 恋のはじまり
高校の入学式から一週間とほんの少しが経った頃、あたし――
最初は、放課後どこかに寄ろうかって話だった。でも、「私の家すぐそこなんだけど、暇なら来る?」って真理佳が軽く言ったもんだから、「行く行く!」って乗っかって、気づいたらこうして玄関のドアをくぐっていた。
「お、お邪魔しまーす……」
「え? 何緊張してんの?」
「いやほら、真理佳の両親いるかなーって。挨拶とかしなきゃじゃん?」
「……ごめん、由宇と結婚した覚えがないんだけど」
「何の話だよ!」
そんなお調子者の真理佳との出会いは、丁寧なものだった。
入学初日の自己紹介で近くの席に座っていたから、「宮ノ森由宇です。よろしくね」って、いかにもお行儀よく挨拶した。
あの頃はまだ、苗字にさん付けで呼び合ってたっけ。
でも、二日もしないうちにそんな関係は崩れた。どうやら、あたしたちは意外と波長が合ったらしい。授業中の小声のツッコミ、普段の話題、漫画の趣味。そんな小さなことが積み重なって、あっという間に距離が縮まっていった。
たった一週間程度で、今ではもう昔からの親友みたいな関係だ。
冗談を言い合って、遠慮なく突っ込み合って、笑って、ふざけて。一緒にいて気楽で、自分を取り繕う必要なんてまったくない。
こんな子に入学してすぐ出会えたのは、ほんとラッキーだったと思う。……いや、運命だったかも。……運命はちょっと盛ったな。でもそれくらいは許されるでしょ。
リビングに入ると、テーブルの上にはカラフルなコースターとちょっとくたびれたテレビのリモコン。壁には有名なアニメのカレンダー、棚には漫画がぎっしり。どこか雑多だけど、妙に落ち着く感じだ。
「由宇ー、お茶飲む? リクエストあれば言ってみ」
キッチンから真理佳の声が響く。湯沸かしポットのゴォーッて音が微かに聞こえる中、あたしはソファに深く腰掛けた。
「んー、じゃあ麦茶!」
「ごめん、うちにはほうじ茶しかないんだわ」
「渋いな! あとリクエストした意味は!?」
すかさずツッコミを入れると、向こうでクスクス笑う声がした。
「ほら、気持ちだけは聞くよってスタンス」
「優しさの方向性がおかしい!」
本当に、真理佳との会話は飽きない。会えばいつもくだらないことを言い合って、気づけば笑ってる。もしこの子が男だったら――なんて考えて、ふっと笑ってしまう。
「ねえ、真理佳」
「んー? どしたー?」
「真理佳が男だったら……あたし惚れてたかも」
「え、なに急に。でもごめん、私三次元の人間に興味ないから」
「うわー終わってるわー」
「恋人いない歴=生涯のやつに言われてもなぁ」
「真理佳ー、ブーメランブーメラン。あと一生独り身って決めつけんなっ!」
「私には恋人いるからブーメランにならないんだよなぁ」
「二次元でしょうが!」
こういうやり取りができるの、ほんと貴重。笑って、ツッコんで、ノリで冗談言い合える関係って、簡単なようでなかなかない。
そんなふうにくだらないことで笑い合っていたその時、二階から軽やかな足取りの音が聞こえてきた。
トン……トン……っていうその音が階段を一歩ずつ下ってくるたび、なぜか心臓が一緒に跳ねた。
「ん? 真理佳ー、今親いないって言ってなかったっけ?」
「親はいないけど、妹はいるね」
「へー、妹いたんだ。知らなかった」
「いやー悪いね、イケメンの兄とか弟じゃなくて。ほんっっっと申し訳ない」
「何も言ってないけど!?」
いやいやいやいや、何? 妹って聞いて「えー、男じゃないのか、残念」ってなると思ってた? 確かにあたし、恋人ほしい欲はあるけど、だからって誰でもいいわけじゃないし! ていうか恋愛ってそんな適当なもんじゃないから!
そうして足音がリビングの前でピタリと止まったと思ったら、ノックもなくゆっくりと扉が開いた。
「お姉ちゃーん、私のイヤホンどこにあるか――――って、あ……えっと……こんにちは」
視線の先に立っていたのは、中学生くらいの女の子だった。
肩までの髪を高めの位置で結んだ黒髪のポニーテールが、ふわりと揺れている。
瞳はぱっちりとしていて、けれどどこか困ったような、驚いたような表情。
制服じゃない、家用のラフなTシャツとハーフパンツ姿に、目が離せなかった。
時が止まった。いや、違う。スローモーションだ。
耳鳴りみたいな低い音が頭の奥で響いて、視界の中心に、その子の輪郭だけがはっきりと浮かんでいた。
その瞬間、心臓がドクンッと鳴った。
頭より先に、心が叫んだ。
――やばい、この子……めっちゃ可愛い。
「は、はじめましてっ!! 宮ノ森由宇です! えっと、真理佳と……その、一緒のクラスです!」
「えっと……はい、はじめまして。妹の
唐突なあたしの自己紹介に対して、彼女――真奈美ちゃんは、年下らしからぬ落ち着いた口調で、でもちょっと気恥ずかしそうに名乗ってくれた。
中学二年生……つまり、あたしより二つくらい下。……っていうかなんでこんなにあたしの心臓バクバクしてるの!?
いや、理由なんてとっくにわかってた。
一瞬目が合っただけで世界の音が消えて、自分がさっきまで笑ってたことも、ここが真理佳の家だったことさえ忘れてしまうくらい、すべてが一瞬で持っていかれた。
一目惚れだった。
どうしようもなく抗えないくらい、一目見た瞬間に心が動いてしまった。そんな典型的でドラマみたいな初恋だった。
……いやいやいや、落ち着けあたし。まずはお茶飲もう。冷静になろ? 真理佳が淹れてくれたほうじ茶、さっきは「渋いな」とか言ったけど、今ならありがたく飲めるよ。むしろ香ばしくて落ち着く味だよねー。
……いやほんとどうしよう。あたしの初恋、やばくない?
年下で、しかも友達の妹!? いや無理でしょ、絶対無理でしょ、道徳的にも倫理的にもアウトでは!?
こんなの、予想外すぎる。
でも、恋ってそういうものなのかもしれない。「この人だ」って思ったその瞬間に、全部の理屈が吹き飛ぶ。心が先に動いてしまったんだから。
あたしの恋は……今この瞬間から始まってしまった。
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