第9話 ノドカ、三匹のスライムを拾う。そして……

 翌朝。


 私はルビちゃんを頭の上に乗せて、サフィちゃんを抱きかかえながら菜園に水やりをしていたよ。


 ルビちゃんは畑仕事に関しては、あまりやれることがない。


 でもそれだと仲間はずれにしてるみたいで可哀想になっちゃうから、サフィちゃんの応援をお願いしたよ。


[ぽよよっ、ぴゅうぅ~~っ!!]


 サフィちゃんが一生懸命に水を出している間、ルビちゃんは私の頭の上でぴょこぴょこよ飛ぶ跳ねながら「ぴきゅーっ! ぴきゅーっ!」と鳴いていた。


 これがルビちゃん流の応援なんだね。

 なんだか私たちが運動会で「フレー! フレー!」ていうのとちょっと似てるね。


 まだまだ言葉や意図の全部を伝えあえるわけじゃないけれど、私はなんとなく親近感を覚えたよ。


 麻の水やりを終えた後は、みんなで軽いおやつタイム。


 私は黒パンを四角くカットして、一本のお箸に刺してからシナモンを振ったよ。


 お箸は一人分だから二本しかないけれど、順番に回していけば足りるから問題は無いね。


「さぁルビちゃん、この黒パンをちょこっとだけ炎で炙ってくれる?」

『きゅぽいっ!』


 大きな声で鳴いてから、ルビちゃんが一歩前にちょんっとジャンプしたよ。


 ふふっ。

 まるで「任せて!」って言ってるみたいだね。


 ルビちゃんの火炎で黒パンが程よく焦げた。

 うん、見るからに美味しそう!


 まずは二つできたので、ルビちゃんとサフィちゃんに食べさせてあげようね。


「はい、あ~~ん」


 私があ~んしてあげると、二匹とも大きく口をあけて一口で食べちゃったよ!


 でも丸呑みしたわけじゃなくて、口をモニュモニュ動かしてるから、ちゃんと味わって食べてくれてるみたいだね。


 こうしてみるとスライムちゃんってなんだか不思議だよねぇ。


 歯が生えてるわけじゃないし、それなのに硬いモノもちゃんと食べることができる。


 それに比べて私たちは歯がないと食べれないから、ちょっと不便なんだよねぇ。


 特に不便に感じるのは歯磨き関連だね。


 こっちの世界にはチューブに入った歯磨き粉なんて便利なモノはないから、私は塩とシナモンを川水でまぶしたものを使っているよ。


 ただ、流石にそろそろ歯ブラシが欲しいね。

 いつまでも指とか箸で歯磨きってのはちょっと辛いものがあるからね。


「でも王都まで行くってのもなぁ。行きはよいよいだけど帰りがねぇ」


 いくらルインさんがいい人だからって、それを当てにするっていうのはちょっと図々しい気がするしなぁ。


「そーだ、いいコト思いついちゃった!」


 おやつタイムを終えたあとで、私は庭に出てサフィちゃんを抱きかかえていた。


 既に手製の歯磨き粉で口の中の準備はバッチリ。

 あとは。


「サフィちゃん、おえがいおねがい!!」

[ぽよいっ!! ぷぅう、ブシューーーーーッ!!]


 これぞ私の考案した歯磨き(?)方法!

 高圧洗浄作戦だよ!


「い、ぎぎ、いぎぎぎっ、わ! うわああああああっ!!」


 そして私はあまりの水圧に耐えかねて、吹き飛ばされてしまった。


 ドテン! と芝生に転がるも、幸いルビちゃんがぷく~~と膨らんでクッションの代わりになってくれたよ。


 もしかしたらルビちゃんはこうなることを予想してたのかもね。


「あ、ありがとルビちゃん。おかげで助かったよ」

『ぴきゅきゅいっ!!』


 私が立ち上がると、サフィちゃんがぴょ~んとジャンプして肩に乗っかってきて、頬っぺたをピトッとつけてきたよ。


 たぶん、これは「ごめんね」の合図かな。


「サフィちゃん、心配しなくても大丈夫だよ。どこにもケガはないし、それに見てごらん? サフィちゃんのお陰で歯がこんなにきれいになっちゃったよ! サフィちゃん、ありがとね!」

[ぽよよ……。ぷよい~~~っ!]


 そんなふうにしていると、突如としてルビちゃんの様子がおかしくなったよ。続いてサフィちゃんまでも。


「え、ちょっと? 二匹ともどうしちゃったの?」


 そんな私の質問に答えることなく。


『ぷきゅーー!』

『ぽきゅいっ!』


 ルビちゃんもサフィちゃんも正面玄関のほうに向かって全速力で駆けて行ってしまった。


 私も急いで後を追うと――。


「えっ。こ、これって……」


 そこにいたのは三匹のスライムちゃんだったよ。

 色はそれぞれ異なっていて、黄色と白色と緑色。


 その姿は、初めてルビちゃんと出会った時に似ていた。

 すごく疲れていて、弱々しくて。


「キミたち、ダイジョーブ?」


 私が手を差し伸べると、三匹とも小さな声で弱々しく鳴くだけだったよ。


 「ちょっと待っててね、急いでご飯を食べさせてあげるから。それからサフィちゃん、この子たちにお水を飲ませてあげて?」

[ぽよよいっ!!]


 ルビちゃんとサフィちゃんに三匹のお世話を任せて、私は大急ぎでキッチンにやってきたよ。


 とりあえず急ぎだから手の込んだものは作ってあげられないけれど、それでもなるべく美味しくなるようにしよう。


 まずは黒パンを三等分にカットして、その上にスライスしたチーズを乗せて、最後に塩で味付けする。


 簡単な調理だけど、栄養素は多いハズだよ。


 かくして私の作ったチーズ黒パンを食べた三匹のスライムは、あっという間に元気を取り戻したよ。


 サフィちゃんのお水も相当に美味しかったみたいだね。


 これは推測だけど、サフィちゃんはお肉とかパンとか食べてるから、川の水よりも良質な水が出せるんだと思う。


 実際、私からしてみてもサフィちゃんの水のほうが美味しく感じるしね。


「それにしてもキミたち、どうしてあんなにヘロヘロだったの?」


 私が聞くと、三匹は一生懸命にぴょんぴょんと飛び跳ねて何かを教えようとしてくれたよ。


 でも、何を伝えたいのかまでは分からないなぁ。


『ぴきゅう!』

[ぽよよっ!]


 と、その時。

 ルビちゃんとサフィちゃんが自分の身体をグニグニと変形させて、鳥みたいな姿になった。


 そして三匹のスライムちゃんにゆっくりと近づくと、今度は三匹のスライムちゃんが駆け出して、向こう側の木の根元まで行ってしまったよ。


 ということは……。


「そっか。ルビちゃんもサフィちゃんも、そしてこの子たちも。みんな、何か・・から逃げてきたってことなんだね!?」

『ぴきゅーー!!』

『ぽよーーっ!!』


 そしてあの鳥の姿。

 あれはきっと、あの山の周りを旋回していたモンスターのことだよね?


「フェンリルさんが向こうの山で妙な動きがあるって言っていたけど、それと関係があるってことなのかな?」


 そんなふうに私が結論を出した、ちょうどその時だった。


 急にルビちゃんとサフィちゃんが怯えだして、さらには三匹のスライムも私の後ろに隠れてしまったよ。


「えっ! ちょっと、どうしちゃったの!?」


 この反応、フェンリルさんが来たときのとソックリ。


 でも、もしもフェンリルさんが来たっていうならルビちゃんとサフィちゃんはこんなにも怯えたりなんてしないよね?


「……」


 私は大きく深呼吸をして身構えた。

 すると遠くの空に小さな黒点が見えたよ。


 それは少しずつ近付いてきて、やがてくっきりと形をあらわにした。


「なんとなく察しはついてたけど、やっぱりそういうことだったんだね」


 今の私には戦う力なんてない。

 それでも、逃げるつもりは毛頭ないよ。


 だってこんなに小さなスライムちゃんたちがぷるぷると身体を震わせて怯えているのだからね。


 この子たちを置いて自分だけ逃げるだなんて……。


 仮にそれで生き残れたとしても、そんなんじゃ「幸せな来世」は送れないよ。


 スライムちゃんたちのためにも。

 お父さんとお母さんのためにも。


 そして私自身のためにも、ここは立ち向かわなきゃっ!


 私はフェンリルさんの力の一部を使って、高木の枝を切断した。この程度で武器になるか分からないけれど、何もないよりかはよっぽどマシなはずだよ。


「ちょっとキミ、ここに何の用事があるワケ!? 一応言っておくけどね、ここら一帯の所有権の半分は私にあるんだよ?」


 すると目の前に降り立ったモンスターは――ドラゴンは、二つの大きな翼をブワァッ!! と広げてから、けたたましい雄叫びをあげてみせたよ。


 たったそれだけで周囲の空気がビリビリと震えるのが分かる。


 それでも私は一歩も引かず、ドラゴンを睨みつける。


 すると――。


(ほう、今の威圧を受けても怯えの色ひとつ見せないとは。なかなかに勇気のある人間のようだな。それともただの虚勢か。まぁ、どちらでも同じことよ。なにせお前は、これから私が提示する要求を吞むことしかできないのだからな)


 私は固唾を飲んでドラゴンに対峙した。


 正直すごく怖いけれど、それでも目線は逸らさないよ。もしも目線を逸らしたら、その瞬間にビビってるって思われちゃうからね。


「それで? キミの提示する要求ってのはなんなの?」


 私が聞くと、ドラゴンは一呼吸おいてからこう言った。


(お前の持つここら一帯の所有権とやら……それを私に――我々「龍族」に譲れ。さすればお前にもスライムたちにも危害を与えないと約束しよう。龍族の長であるこの【龍王・バザン】の名に誓ってな)

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