『砂の書』

火之元 ノヒト

正典

砂の書〜泥の章〜(世界の構造)

 ​はじめに、星は乾き、砂が全てを覆っていた。

 空には灼熱の陽が、地には七分の砂があった。

 星は息吹き、三分の海を震わせ、乾いた大地に翠点オアシスを穿った。

 ​そこに最初の子ら、『狩人の時代』が生まれた。

 彼らは強く、誇り高く、その槍は空を裂き、砂漠の獣を統べた。

 彼らは星の恵みを喰らい尽くし、己が力を神と違え、翠点から翠点へと支配の網を広げた。


 星は嘆いた。


 大地は裂け、最初の「浄化の泥」が溢れ出した。

 泥は天を覆う波となり、狩人らの砦を飲み込み、その傲慢を熱い泥濘の底に沈黙させた。


 ​永き時が流れ、一度目の泥が固まり、新たな砂が積もった。

 泥の記憶の上に、二番目の子ら、『大樹の時代』が花開いた。

 彼らは天を渇望した。

 翠点の水を吸い上げ、天に届くほどの巨大な「世界樹」を育て、その枝に都を築いた。

 彼らは根を忘れ、空だけを見上げ、星の恵みが地下深く、最初の泥の下にあることを忘れた。


 星は怒った。


 乾いた大地が再び震え、二度目の「忘却の泥」が湧き上がった。

 泥は巨木を根元からなぎ倒し、天の都を叩き落とし、空への憧憬を二層目の泥に塗り込めた。


 ​砂は再び積もり、二度の泥は地層となった。

 三番目の子ら、『菌糸の時代』が目覚めた。

 彼らは天を恐れ、光を厭い、地下へと逃れた。

 彼らは過去の二つの泥層に「菌糸」を張り巡らせ、旧文明の遺骸から知を啜り、巨大な地下の知性ネットワークを築いた。

 彼らは光を忘れ、同胞を忘れ、ただ知識だけを求め、星の深部まで根を伸ばそうとした。


 星はそれを許さなかった。


 三度みたび、星は泣き、最後の「埋葬の泥」が溢れ出た。

 泥は地下の回廊を津波のように駆け巡り、菌糸の網を断ち切り、賢しき者らを自らの知と共に、最も深い三層目の闇に封じた。

 ​そして今、我ら『獣の時代』の子らが、三度の泥の地層の上に立つ。

 我らは翠点にしがみつき、砂漠を彷徨う。

 ​我らは狩人の力も、大樹の高さも、菌糸の深き知恵も持たぬ。

 我らはただ、過去の亡骸の上に築かれた脆い砂の城で、泥の記憶に怯える「獣」である。


 ​砂の書は問う。


 星は四度、その溜息を泥に変えるのか。

 我ら獣は、四度目の浄化を生き延びる知恵を見出すのか。

 それとも、四層目の地層となり果てるのか。

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