第12話:真の契り、永遠に(エピローグ)

激しい夜が明けた。

鬼の家があった場所には、清らかな朝陽が差し込み、

清らかな風が吹き抜けていく。

その光の中で、桜と蓮の体に微かに残っていた鬼の穢れが、

溶けるように消えていくのを二人は感じた。

それは、戦いが本当に終わったこと。

そして二人が完全に解放されたことを象徴していた。

朝陽が、二人の顔を優しく照らす。

疲弊した身体に温かい力が満ちていくのを感じた。

守り札も、再び清らかな輝きを取り戻していた。

その木肌は、以前よりも温かい。

掌に馴染む感触が、心地よい。

温かい。まるで、蓮の手のひらのようだった。


国に光が戻り、人々は知らず知らずのうちに、

本来の活気と笑顔を取り戻し始めた。

市場には明るい声が響き渡り、

子供たちの無邪気な笑い声が戻ってくる。

「あの二人がいてくれるから、この国はもう大丈夫だ」

「長らく国を覆っていた重い空気が、本当に晴れたようだ」

市井の人々は、安堵と希望の声を上げ、

新たな未来への確かな一歩を踏み出していた。

彼らは、何が起こったのかの全てを知らずとも、

ただただ、心の底からの解放感を味わっていた。

都の空は、澄み切った青空を取り戻し、

遠くの山々も、以前より鮮やかに見える。

桜と蓮の存在が、この国の新たな希望の象徴となった。

彼らの治める国は、穏やかで平和な光に満ちていた。

新しい生命の息吹が、都中に満ちていく。


数年が過ぎた。

国は真の平和を取り戻し、新たな時代を迎えていた。

桜は賢明で慈悲深い女王(または国の重鎮)として、

蓮はその隣で、国の守護者として、共に国を導いている。

二人の姿は、国の新たな希望の象徴となっていた。

かつて鬼の家があった場所には、清らかな水が流れ、

新しい神殿が建てられた。

それは、二人の「真の契り」を象徴する場所となった。

そこには、契約結婚という困難を乗り越え、

真の愛と絆で国を救った二人の物語を語り継ぐ、

新しい伝説が生まれていた。

人々は、二人の愛を歌い、その絆に未来を託した。

神殿からは、清らかな風が常に吹き、都を潤す。

その風は、人々の心にも安らぎをもたらした。


穏やかな月夜。

二人は初めて出会った頃の、思い出の場所で、

蓮が彫ってくれた守り札を手に語り合う。

桜は涙ぐんで「……やっぱり、あの時も、私を守るために神隠しに…?」

と尋ねた。

すると蓮は、少し困ったように微笑んで、桜の髪を優しく撫でた。


「違うよ、桜。俺はお前を守るために神隠しに遭ったわけじゃない。

ただの偶然だ。気づけば、神々の領域にいた。

……でも、そこでこうしてお前を救う力を手に入れられた。

それだけで、俺には十分だ。」


桜は、蓮の言葉に、これまでの苦悩と、彼の深い愛情を感じて、

少し泣き笑いして答える。

「……偶然でもいいの。あなたが帰ってきてくれた、それが全部だから。」

そう言って、蓮にそっと寄り添った。


そして、桜は再び蓮を見上げた。

「あなた、鬼の家に囚われてたんじゃ、なかったのね…」

長年の苦悩からの安堵に、桜は泣き崩れた。

ずるずると、蓮の腕の中に身を沈める。

彼の胸に顔を埋め、彼の温もりを確かめる。

その瞬間、乱れていた桜の脈が、まだ不規則に跳ねていた。

ドクン、ドクン、と、嫌な音がする。

このまま、脈が弱くなるのではと、恐怖がよぎる。

しかし、蓮の手が桜の心臓にそっと触れた。

すると、乱れていた脈が、一気に安定し、穏やかに、

規則正しいリズムを取り戻していく。

ドクン、ドクン、と、蓮の鼓動に合わせるように、

桜の心臓が穏やかに脈打ち始める。

呼吸も、深くなる。

肺の奥まで、清らかな空気が満ちていく。

その感覚を、桜は一つ一つ、噛みしめる。

体が、蓮の温かさに溶けていくようだ。


蓮の胸に顔を埋めた桜の視界が、一瞬、黒くなりかけた。

あの、祭壇での闇。

体が冷たくなる。

恐怖が、また、私を飲み込もうとする。

しかし、次の瞬間、蓮の確かな鼓動が胸に響き、

彼の腕が強く私を抱きしめる。

呼吸が戻る。深く、深く、息を吸い込む。

脈が、力強く、安定している。

恐怖は、蓮の温もりによって、あっという間に消え去った。

「だから、もうどこにも行かないで。

ずっと、私の隣にいてね」

蓮は、桜の髪に顔を埋め、深く息を吐いた。

「もう、どこにも行かない。約束だ」。

血の契約ではなく、心と心で結ばれた真の契り。

二人の愛は、この国と共に永遠に続いていくのだった。

月の光が、二人の姿を優しく包んでいた。

その白い光は、砕けた石の地面を辿る。

門のひび割れた石の隙間を縫い、神殿の苔むした階段を照らし、

そっと二人の足元に届く。

夜風が止んだ後、誰もいない庭の枯れ葉が、

一枚だけ、音を立てて転がった。

その葉は、静かに地面を滑り、やがて止まる。

再び、風が吹き、その葉を、また少しだけ動かした。

静かだ。

あまりにも、静かだ。

そして、この静けさこそが、私たちの永遠の幸福を

象徴しているのだと、桜は感じた。

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紅き契り、月下に咲く ―初恋を胸に、涙をこらえて、家を守るための花嫁になります― 五平 @FiveFlat

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