橿原小学校、放課後児童クラブ

克全

第1話:私たち起業します

「京子ちゃん、家の道場をせんでんしてくれないか?」


 孝正君に声をかけられて胸がドキンとした。

 スポーツ万能で、特に武術がとくいで強い孝正君が大好き。

 私は付き合いたいと思っているのに、孝正君は鈍感だ。


「え、せんでん、私が、動画で?」


 急に話しかけないでよ、私、変な声じゃなかった、変な表情していなかった?


「うん、そう、京子ちゃんは有名ユーチューバーなんだろう?」


 孝正君、ユーチューバーが嫌いじゃなかったんだ、よかった。

  私が役に立てるのなら、いくらでもせんでんしてあげるけれど……


「私なんて大した事ないよ、それに、私のチャンネルでせんでんしても、道場に入門しようする人たちはいないと思うよ」


「え、そうなの、見る人がたくさんいたら良いせんでんになるんじゃないの?」


「違うの、せんでんにはならないの、道場で学ぼうとする人が集まるチャンネルじゃないと、どれだけでせんでんしても入門する人は集まらないよ」


「そっか、だったら僕にできる事はないのか……」


 いつも元気な孝正君がしょんぼりしている。

 そんな顔を見たら胸が痛くなっちゃう。


「どうしたの、道場に来る人が減っちゃったの?」


「うん、そうなんだ、門弟さんが少しずつ減っているのに、新しく入ってくる人がいないから、もう道場の建て替えは無理だって父さんと母さんが言っていたんだ。

 だから僕も何か手伝えないかと思って、京子ちゃんに頼んでみたんだ」


「だったら孝正君の道場を紹介するチャンネルを作れば良いよ」


「え、うちの、佐々木道場のチャンネルを創る?」


「そうよ、道場のチャンネルを作れば、武術に興味のある人が見に来るわよ」


「そうなのか?」


「うん、家に帰ってから家族にも聞いてみるけど、そう思うわ」


「そっか、ありがとう、父さんと母さんに言ってみるよ」


「なんだ、2人でなに話しているんだ?」


 せっかく孝正君と2人で話しているのに、鷹雄君が話しかけてきた。


「おう、鷹雄か、京子ちゃんに道場のせんでんをたのんでいたんだ」


 孝正君と鷹雄君はとても仲良しで、名前を呼び捨てにしている。

 わたしも孝正君に京子て呼び捨てにされたいな。


「それはすごいな、京子さんは登録者100万人以上のユーチューバーだから、すごいせんでんになるんじゃないか?」


「それがさぁ、京子ちゃんの動画に来ている人はダメなんだって」


「だめ? ああ、そうか、京子ちゃんの所に来ている人たちはロリコンが多いから、道場で身体をきたえる人はいないよな!」


「鷹雄君、私のファンを悪く言わないで!」


「ごめん、ごめん、悪気はなかったんだ、ごめんな」


 鷹雄君はすぐに謝ってくれた、鷹雄君は頭は良いのだけれど、口が悪い。

 ただ、質屋さんの子だからか、学校の決めたルールはちゃんと守る。

 男の子も女の子もさん付けしなさいという決まりを守っている。


「分かったわよ、今回だけは許してあげるけど、2度と言わないでよ」


「ああ、言わない、2度と言わない、約束するよ。

 それで佐々木道場のせんでんは絶対にむりなのか?」


「そんな事はないわよ、孝正君にも話していたけれど、道場で学びたいと思っている人に見てもらえるチャンネルを作ったら、良いせんでんになるわ」


「それは良かった、だったら家のせんでんをするチャンネルも作ってくれないか?」


「家って、鷹雄君家の質屋さんの事?

 無理言わないでよ、動画を作るのって、すごく大変なのよ!

 10分の動画を作るのに、さつえいするだけで半日以上かかるし、編集なんて2日もかかるのよ、私の動画を作るだけで、遊ぶ時間が無くなっちゃの」


「そっかぁ、そんなに大変なのか、だったら京子ちゃんに無理は言えないな」


 孝正君が申し訳ないように言う。

 孝正君のせんでんだけは手伝う気だったのに、鷹雄君のせんでんだけを断っておいて、孝正君のせんでんだけを手伝うと、孝正君に嫌な子だと思われてしまう。


「だいじょうぶだよ、さつえいも編集も俺たちがやればいいのさ。

 京子さんには、でき上った動画に悪い所がないか見てもらえばいい。

 そしたら京子ちゃんの時間はあまり使わないし、僕らも勉強になる」


「そっか、そうだな、自分でやればいいんだな。

 京子ちゃん、鷹雄の言ったやり方で良いかな?」


「いいけど、それだけじゃダメよ、1番大事な事が抜けているわ」


「え、何が抜けているの?」


 孝正君は全く気が付いていない。

 でも、鷹雄君は私が何を言いたいのか気が付いたみたい。


「孝正君のお父さんとお母さんは道場のせんでんの事を知っているの?

 さっきお父さんとお母さんに話すと言っていたけれど、まだ話してないよね?

 孝正君が勝手にやっているのじゃない?」


「それは……俺も道場の役に立ちたいから……帰ったら直ぐに話すよ」


「話すのは良いけれど、佐々木の小父さんと小母さんがせんでんしたいと思っていたとしても、どんな風に道場をせんでんするかで、集まって来る人が違って来るよ。

 1回来るだけでいいから、お金を払ってくれる人を増やせばいいのか、何年も何十年も本気で通う人を増やしたいのかで、作る動画が違ってくるの」


「そっか、そうなんだ、俺だけで作るのは父さんと母さんのジャマになるのか」


「そんな顔しないでよ、ちゃんと話を聞けば小父さんと小母さんも喜んでくれるし、どんな動画を作ればいいのかも分かるわ」


「分かったよ、今日家に帰って直ぐに父さんと母さんに聞くよ」


「私も一緒に行って、佐々木の小父さんと小母さんにどうしたいのか聞くわ」


「えっ、忙しいのに一緒に来てくれるの?」


「だって、小父さんと小母さんにちゃんと正しく伝えないといけないから……

 孝正君はスポーツ万能だけど、動画のこと知らないでしょう?」


「うん、俺は身体を動かす方が得意だから」


「それに、子供だけでは動画は投稿できないの。

 お父さんやお母さんの許可がないと投稿できないの」


「え、そうなんだ、だったら京子ちゃんは許可もらっているんだ?」


「うん、もらっているよ、私の場合は生まれて直ぐに家族用の動画に出ていたから、自分のチャンネルを作る時にお父さんとお母さんが保護者として申請してくれたの。

 それに今はもう、私が社長の会社で動画を作って投稿しているから」


「え、京子ちゃん、小学生なのに社長なの?!」


「そんなにおどろかないでよ。

 保護者が手伝ってくれたら、会社を作るのなんて簡単よ。

 佐々木の小父さんと小母さんが、孝正君が動画を作るのに賛成してくれたら、道場とは別に動画投稿用の会社を作った方が良いかもしれないわ。

 私が確認するからだいじょうぶだとは思うけれど、投稿した動画が炎上して、そんがいばいしょうされるような事があったら困るもの。

 会社にしておいたら、孝正君や道場まで責任を取らされないわ」


「え、そんな事があるの?!

 テレビでやっていたような、炎上で裁判になる事があるの?」


「あるわよ、日本だけなら、よほど悪い事をしなければ大丈夫だけど、動画は世界中に配信されるから、アメリカみたいな国だと直ぐに訴えられるわ」


「そうなんだ、京子ちゃんはそんな事も考えて動画を作っているんだ」


「そうよ、だから小父さんと小母さんにちゃんと説明して、どうしたいのかを聞かないと、動画は作れないんだよ」


「分かった、ありがとう、じゃあ今日は一緒に帰ろう」


 やった、今日は孝正君と一緒に帰れる!


「じゃあ僕も一緒に帰っていいかな?」


 黙って聞いていた鷹雄君が聞いて来た。

 孝正君と2人で帰りたかったのに……


「京子さんに僕の家に来てもらって、2度も説明してもらうのは悪いから、佐々木の小父さんと小母さんに説明するのを聞いて、僕が父さんと母さんに説明するよ」


 孝正君だけ手伝って鷹雄君を手伝わないと、孝正君に嫌な子と思われてしまう。

 しかたないわ、2人だけで帰るのはあきらめよう。


「そうだな、鷹雄も一緒に帰ろうぜ」


「キョウコサン、タカマササン、タカオサン、なにはなしているの?」

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