第5話 反転の指輪
ケリュネイアの背中は、お尻の毛同様にとても気持ちよく、乗り心地も良かった。
というよりコイツが俺に気を遣った歩きをしているからかもしれない。
大きさ的に像に乗るってこんな感じなのかなぁ。
『お主……もしや巫女の関係者か?』
「あ? 巫女?」
どこかへ向かっている途中、ケリュネイアにそう聞かれた。
『ああ、そのミレイスターの首飾りのことだ』
「えっと〜……え?」
なぜここに来てからの俺の姓を知っている!
いや、イアシスの村のことを知っているなら当然かもしれないけど。
首飾りって、このロザリオのことだよな……。
『首飾りは誰からもらった』
「うちのバ――じゃなくて、親代わりをしてるミゼット・ミレイスターだけど……」
『ほう、やはり巫女か。面白い者を育てたものよ』
「えっと……ミゼットと知り合いなの? 巫女って?」
よくわからない言葉が出てきたのでケリュネイアに聞いてみた。
『知らんのか。巫女をしておるミゼットは我と通じておる。年に数回、巫女として祈りを捧げることで、我はイアシスを守る盟約の更新をしておるのだ』
「へ、へえ〜〜〜」
ぜんっぜん意味不明なんですが!
巫女・イアシス・盟約? てか盟約って契約と違うの?
『その首飾りも代々ミレイスターの家系が受け継いできたものだ。ミゼットからもらったのだろう』
「そうですけど……でもこれ、ミゼットも持ってたけど」
『ああ、次代の巫女に引き継ぐために私が用意し渡したものだ、複数ある』
「は……え……ってことは俺、巫女になるの?」
なんだか勝手に話が進んでるんだけど、ババアから一言もそんな話聞いてないんだけど!?
てことは俺ってこの地から一生離れられないってことぉ?
『安心しろ。巫女候補は別におる。その首飾りは私の加護が付与してある。故に魔物避けの効果もある。私のところへ辿り着くまで他の魔物には遭遇しなかったであろう』
「た、確かに……一時間は歩いたけど……って、ババアが言ってた東の森に行くなって、アンタがいたからか!?」
『我に対してアンタか……ふっ、舐められたものよのぉ』
「あっ、いえっ……俺って、自然と口が……ええい! 俺の口よ静まれいっ!」
『お主は変わり者よのぉ……』
なんだか鹿に気を遣われた……。
でも、怒っていなくて良かった。というかケリュネイアって、こうして触れていると妙に安心感があるんだよな。
なぜだろう。聖獣は俺には理解できない不思議な力を持っているのかもしれない。
『ちなみにお主が気になっていたこの毛並み、巫女と巫女候補がブラッシングをしてくれている』
「やっぱり!」
美しい毛並みを維持できている理由がわかった。
『到着だ――ここが、癒やしの泉と呼ばれる場所だ』
「えっ」
目の前に広がっていたのは、直径五十メートルほどの泉。
決して巨大ではないが、その泉は青白く光り輝いていてケリュネイア同様に神秘的な印象だった。
『少し待っておれ』
俺をその場に降ろしたケリュネイアは、泉の中へと足を踏み入れた。
次第に全身が浸かり、姿が見えなくなる。
…………え。いつまで待つの?
ケリュネイアがいなくなってから十分が経過した。
まさかここで放置なんてことはないよね?
そう思っていた時だった。
やっとのことでケリュネイアが姿を現した。
『これも女神アルテミシアの導きだろう――お主に授ける』
「え――」
するとふよふよとケリュネイアの顔付近から浮遊してきた小さな何か。
俺の手に収まると、そこには水色の宝石があしらわれた指輪があった。
『反転の指輪だ――お主の役に立つであろう』
「どういうこと? どんな効果があるの?」
『そうよのう……一つだけ教えてやろう。その指輪は意識して魔法やスキルを発動する時、元々の効果とは反対の効果が与えられる。故に反転の指輪だ』
「効果を反転……か」
これから奇跡的に魔法が使えたり、他にスキルを覚えたりするかもしれない。
ただ俺は今、<完全解呪>のスキルしか使えない。
もし、自分の身や周囲の人に危険が迫った時、俺は役に立たないだろう。
しかし、この反転の指輪で<完全解呪>のスキルを反転させた場合はどうなるのだろうか。
<完全解呪>はどんな状態異常も回復できるスキル。
その逆…………まさか、そんなことは、ない……よな。
俺の脳裏に一つの使い道が思い浮かんだが、それが実行できるかはわからない。
もしできるとしたら、とんでもないことになるからだ。
人には言えないな……。
「ありがとう。とりあえずもらっておくよ」
右手の中指にちょうどよいサイズだったので、そこに反転の指輪を嵌めた。
「そういえば、名前を言っていなかったな。俺の名前はシュウ・ミレイスターだ」
『シュウか。覚えておこう、お主に女神の加護が――ん、いや……それはよいか。気を付けて帰るのだぞ』
そう言ってケリュネイアはザブンと癒やしの泉の中へと潜っていった。
「………………え?」
周囲には誰もいない。そして、ここがどこなのか全くわからない。
「どうやって帰ればいいんだよぉぉぉぉぉ〜〜!!」
俺は天に向かって悲しみと絶望を叫んだ。
『フハハハハッ。イアシスの近くまで送ってやろう』
「てめえっ!!」
再び泉から姿を現したケリュネイアは笑っていた。
さすがの俺も相手が聖獣だろうがブチ切れた。
『お主には我の大事なお尻を撫でられたからな。その仕返しよ』
「聖獣でもギャグみてーなことすんのかよ……あれはスキルでしょうがなくやっただけだってのに……マジでビビったじゃねーか」
『我は乙女なのだよ』
「何歳の乙女だよ」
『女に年齢を聞くなど、男の風上にも――』
「めんどくせえっ!!」
終始笑っていたケリュネイアの背に乗ると、風魔法を使った移動のお陰か、数分でイアシスの村まで辿り着いた。
ケリュネイアと別れてから教会にいたババアに事の顛末を話したのだが、「あれほど言ったのにこのバカタレがぁッ!」と言われ、連続ボディブローを喰らったのだった。
この暴力シスター、どう見ても巫女ってイメージじゃねえ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます